【1】サカノメ アカシ///

 シワのついてしまった黒いスーツを脱いでぽいと床に放り投げた。歩きながらベルトを抜き取り、スラックスも脱いでその場に捨てる。パンツ姿で部屋を彷徨いて、と家族がいるのならば怒られることもあるだろうが生憎と彼には同居人は誰もいない。強いていうのならば、たたっと駆け寄ってきて遠慮なく肌に爪を立てながら身軽によじ登ってきた猫が一匹住んでいるだけである。
 かろうじて首に巻きついているだけの黒いネクタイをしゅるりと取り去り、ボタンがいくつもちぎれているシャツを面倒だと残りのボタンも乱雑に引きちぎって脱ぎ捨てようとしたが…… 思ったよりも糸がほつれていたのか、すんなりとボタンは外れて床に転がっていった。

 点々と床に脱ぎ散らかしながら脱衣所の扉を開けてシャワールームへの扉を開く。飛びついてきていた猫は自ら脱衣所のカゴに飛び込んで、そこに残されていた衣服にじゃれつき始めた。そんな様子を横目に蛇腹に開いた扉を閉めてコックを捻った。
水が少しずつ熱くなっていくのを足先で確かめながら、十分に暖かくなったシャワーを頭から浴びて体を洗う。スポンジを手にとって少し乱暴ではあるが体を擦る。早く、その体についた乾いた汚れと濁った色の滑りを落としたかった。

 感慨もなく機械的な動作で、どこか手慣れた様子で体を洗っていく。太ももから尻にかけてとくに残っているねっとりとした感触にわずかに眉を顰めたが、気に留めるだけ無駄だとばかりにさっさと洗い落としていった。時折、あちこちの痣や傷に触れるたびに走る痛みはあったが、慣れきっているせいか躊躇することもない。
 乱雑に髪も洗い終えて、シャワーを止める。ぽたぽたと水滴の落ちる音が聞こえているが、がらっと扉を開けてバスタオルをとろう……として、気がついた。リビングに干したままだった、と。じぃとこちらを見ている猫は先ほどよりも布に絡まってご満悦そうにも見えたが、彼(あるいは彼女)が熱心にじゃれついている服に毛がつき、なおかつ細かな傷と穴がしまっているのを見てため息をつきながら抱き上げて脱衣所を出た。

 水滴が道を作る。脱ぎ散らかされたスーツを途中足先で蹴る。部屋の隅にぽーんと服を蹴り飛ばすと、抱えていた猫が飛びかかるように腕の中から器用に跳ねていった。
黒いスーツは白い汚れが目立って、とてもじゃないが洗うしかない。知り合いのクリーニング屋に出すことも考えたが、そこまで持っていくのも取りに来てもらうのも面倒なので捨てることにした。

 リビングに常に置きっぱなしのハンガーからバスタオルをとろうとして、戻って来た猫が飛びかかる。突然の重さに耐えきれず、パチンと音を立ててハサミがとれ、バスタオルが床に落ちた。今度はため息をつくこともなく、巻きつこうとしている猫に負けじと端を引っ張り奪取する。くるんと一回転した猫がぱちくりとしながら、足元にじゃれついてくるのを足先でどかしながら、これまた雑に髪の水気を拭き取りながらキッチンへと移動する。
 後ろからついてくる猫が何かを察してにゃんと鳴き、先回りして尻尾を揺らした。



mae//tugi
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -