ぱろわにゃ(グール)///

ぐーるとか。

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設定
・わにゃ
純正喰種。輸血パック、死肉、同士食いで飢えをしのいでる。
わに頭のマスクとわにの尻尾のような尾赫。通称も「鰐」
・よめ
人間。喰種捜査官。おそらく上等捜査官様。

お互いに普通の人として出会って仲がいい。
わにゃはよめが捜査官であることを知っているが、
よめは当然、わにゃが喰種であることはまだしらない。

みたいな。

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とある捜査官がいた。
上等捜査官とともに組んで、まだまだこれからが期待されている青年だった。
彼がある日の帰り道、仲間の捜査官たち数人と帰路に着いていたときのことである。

一瞬、目の前をなにかが通り抜けたのだ。

これから自宅へ帰って、あすの休みはどうやって過ごそうかと考えながら仲間の上機嫌そうな声を聴いて歩いていたとき。そんな何気ない日常のほんの一瞬の間に、そのなにかが通り抜けていった。

ひゅん、と音がしたのは影が通り過ぎていってから。
風を起こしていったものが一体何だったのか、確認しようと振り向いてからである。ぼとりとなにかがおちる音がしたのもその時であった。
仲間の声が不自然にゆらぎ、生ぬるい水音をたてて崩れ落ちていった。
先ほど聞こえた落ちた音が、ずれた首から上に載っていた頭が落ちた音だと気がついたのは目の前に赤黒い切っ先が迫った、ようやくその時だ。

しぬ。

色濃く自分が死ぬことをただその事実だけをはっきりと受け止めて、なにも考えることができなかった一瞬の出来事。ぎゅっと目をつぶろうと体を硬直させた次の瞬きもしない短いがあまりにも長く感じられた時間の後、気が付けばかれは電柱の上に立たされていた。

情けない声が彼の口からこぼれる。眼下には、首や頭の一部を乱暴に切り捨てられた同僚だったものたちの死体が血を吹き上げながら落ちていた。
それから、下からこちらを見つめる影があった。ゆらりと闇夜に浮かび上がる不気味なぬめりとした黒に、赤く輝くような尾のようなもの… 喰種がもつ武器にして特異性、赫子。

そしてそれは彼のすぐそばにもあった。
彼はそこでようやく、誰かに担がれていることに気がついたのである。おそるおそろると自分を持ち上げている手を見る。ゆっくりとその腕を辿り、見上げたところで、こちらを見る鰐の頭と目があった。これは、喰種たちが自分の正体が発覚しずらいようにと装着しているマスクは、だからこそ喰種たちの特徴でもあった。

「おい、」

顔がよく見えないマスクの奥から聞こえたくぐもった声。じっとこちらを見る鰐頭は成人男性一人を担ぎ上げて、これっぽっちの不安定さもなく高い電柱の上にたっているのである。
落とされれば死ぬだろうし、そうでなくとも、自分に触れている腕に力を込めれば容易に殺される。そこまで理解して、生き残った彼はぞっと恐怖に身を包まれる。喉の奥から引きつった声が漏れる。
ゆらりと不機嫌そうに鰐頭の赫子が揺れた。

「…逃げるぞ」
「へ?」

鰐頭がなんて言ったか聞き取り切る前に、彼は一歩脚を出すかのように飛び上がり、まるで映画か何かのように次から次へと電柱を伝っていく。ぐんぐんと景色は後方へと遠ざかり、彼が命の危機に見舞われ同僚たちが命を落とした現場からも離れていった。あまりの速さに、これっぽっちも理解できないまま、景色だけが流れていった。

ぼけっとしているうちに彼は見知った場所が見えてきた。

「あ、こ…こ」

知っている。知っている。知っている。
シャッターがしまった真夜中の姿は知らなかったが、この建物の向こうにあるものを知っている。この角を曲がれば、そうだ、見えてきた。あれだ。夜中であろうとこうこうとあかりの付いたままの建物。高いビルは、毎日毎日自分が通っている場所である。

「あ… あぁ、」

日常に帰って来れたのだとその時途端の恐怖が蘇り、そして、安堵した。ぽろりと涙が落ちて、明日からもいつもどおりの日々を送れるのだと信じ込もうとしたところで、ぽい、と道に放り出された。
ごろごろと無様に転がり、よろよろと立ち上がる。そこで思い出したのだ。自分をこんなところまで運び込んだ相手が、喰種であることを。

「お前の家なんざ知らん。ここなら安全だろう?」

とっとといけ、と彼は言い捨ててここまで来た時と同じように暗闇に混じりどこかへと姿を消そうとする。待って、と声を出そうとしたが、知らず知らずのうちに引きつっていた喉はひゅうと情けなく息をすることが精一杯だった。
すっかりと人気がなくなった道のど真ん中。どこからか見られているような居心地の悪さと、ぞろりと背を撫でられるかのような不快感に襲われて走り出した。

明かりが近づいてくる。建物の中には人が見えた。残業をしているのだろうか。それとも、なにかあたらしい事件が起きてしまったのか。
ぜぇ、と息を切らして建物の中へ飛び込み、ゲートをくぐった。ロビーにいた幾人もがどうしたのかと振り返る。ゲートは何一つ反応を示さなかったが、彼は通り過ぎた直後にぴたと立ち止まった。

明日からもいつもどおりだと一瞬思っていた。だが、ようやく、わかったのだ。一緒にいた同僚たちが為すすべもなく死んでしまったということに。自分だけがあの喰種に助けられて、生き残ってしまったという理不尽な事実に。

「っ、あ、」

足からとたんに力が抜ける。どうしたのかと慌てて近寄ってきただれかの顔を見ることもできなかった。ただただ、視界を歪ませる涙を流すこと以外に何もできなかった。

「ああぁああああああああ!!!!!!!」

そして叫びながら地面に額をつけて泣きだした。もう、明日から、いつもどおりではなくなってしまったことを理解して。


後日、見つけることができたのは食い散らかされた体の一部と飛び散った血のあとだけであった。慎ましやかな葬儀が行われ、同僚たちは自分よりも上の階級へと上がってしまった。羨ましいなどと誰かがわざとらしく軽口を言ったが、すぐに嗚咽に溶けた。

この事件での唯一の生き残りである捜査官、葉落の証言により捜査官殺しを行った喰種は後に処分されることとなった。ほかでもない、彼自身とその場にいたという協力者の力添えによって。
そして、何よりもこの時以来実しやかに広まった名前があった。なんてことのないたった一文字のその名前こそ… ”鰐”だった。

「…いつか、ちゃんとお礼を言いたい人がいるんです」

あの時は、言えなかったから。
そう続けながら彼はえへへと照れくさそうに笑う。その様子を、彼の先輩でありパートナーであり上官となった女性捜査官がどこか優しい目でみながら「叶うといいな」と小さくわらった。

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「ジーノ」

銀髪の女性がほんの少しだけ早足で近寄ってくる。外で待っていたジーノ、と呼ばれた男は声の方を向いてゆるく手を上げて迎え入れた。

「すまない、待たせたか?」
「んにゃ、特には」

待ってねぇよ、といいながらジーノが寄りかかっていた壁から背を浮かせて近寄ってきた彼女の隣に並んだ。
首元を覆うマフラーにゆるく口元を隠しながら、そうかとシレスが微笑んだ。…もっとも、ほとんどの人間にはその表情の変化はわからないだろうわずかなものであったが。
彼女は、じつは知っていたのだ。彼がそう言いながら、もうだいぶ前からここでそわそわと待っていたことを。それを見てしまったのは偶然出会ったが、今思えば自分を待っていてくれたのだと彼女にもわかる。

「…なぁににやけてんだ?」
「別に?」

嘘つけ、にやけてるくせに。その指先が頬をむにゅとつまむ。やめろ、とシレスが文句を言ったが彼はもにゅもにゅとその頬の感触を確かめるように遊んで離さない。
そしてやはり、彼の手が外の空気ですっかり冷え切っていることに気がついて、思わずその手を取った。
きゅっとシレスの両手がジーノの両手を捕まえた。先ほど建物から出てきたばかりの自分と違い、その手は氷のように冷たい。どれほどここにいたのかと呆れながら、微塵もそれを感じさせなかった彼にふう、とため息をつきながらもう一度掴んでいる手に力を入れた。

「…予約、してくれてるんだろう?」

そっと彼の気がこちらに向かないように話題を変えながら、シレスがそっと手を組み替える。歩くように促し、その隣に並びながら指と指を絡めるように手をつなぎ、彼のコートのポケットにそのまま突っ込んだ。
ポケットの中も大分冷えていたが、外気にさらされないその小さな空間はすぐに彼女の体温で温まり始める。

「ジーノ、いこう?」
「あぁ」

ぎゅっと彼の大きな手が彼女の手の感触を確かめるかのように一度だけ強く握られる。少しずつ移る体温で暖かくなっていくのを感じながら、彼らは寒くなり始めた街の通りを歩き始めた。


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ディナーのためにやってきたレストラン。お高いレストランではないが、ファミリーレストランよりは少し静かで美味しいと評判だったのである。
今日の場所を決めたのはジーノである。
もっとも…彼は喰種であるので、ディナーの味などほとんどわからないので評判に頼るしかないのだが。

運ばれてくる料理にシレスが美味しい、と言っているのを聞きながらジーノもそれを口に運んでいく。話を合わせるように咀嚼して飲み込んでいく。それでも、彼はそうやって人のふりをして生きてきた期間がかなり長い部類でもあるのでそれ自体は対して苦ではなかったのだが。
とある人物は自分たちが口にしたときの味を糞の味がすると言ったり、味のしないスポンジを食べさせられているようだと言ったり、様々に形容していたが…そういった感想をもつ程度に味も食感も彼らにとってはマズいものに感じるのである。

だが、ジーノとしてはそれでも構わなかった。飲み込むことにはなれていたし、なんとなく…本当に気のせいかもしれないが、味がわかるような気がするのである。

いつもこの彼にとって形式ばかりの食事をしている時に「とくに」と彼は思う。
とくに、彼女との食事は、苦痛でしかないはずの”人の食事”も楽しく思えて仕方がないのだ、と。

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そして、楽しく二人で話をしながら食事をしていたときのことである。
入口の方から騒がしいこえと、悲鳴が聞こえてきたのは。

何事かと店内の全員がそちらを見た。
笑い声と、また新たな悲鳴。そして、鼻に鉄臭さが届いたのはその直後であった。

男の笑い声が聞こえてくる。その手には、従業員だっただろうと思われる男の息絶えた姿があった。がぶりと乱暴にその肉に噛み付いた男がぶちぶちと繊維の切れる音や骨の砕ける音を鳴り響かせながら咀嚼していく。
口の端しからこぼれ落ちていく血をぺろりと舐めとりながら、満足そうに男は店内を見渡した。
本来白いはずの部分が黒くそまった目。血に歓喜するような赤い瞳孔で、店内を見渡すその男の視線は… 今日の食事を決めようとしているように見えた。

「っ!?な…あれは、」
「なんちゅーやつだよあれ…」

堂々とレストランを強襲するとは、よほど自信があるのだろう。
テーブルの影に早々に対比し様子を見ていたジーノとシレスも好き勝手に振舞うその姿をみながら呆れのため息を漏らす。

「クインケは?」
「車に置いてきてしまった。…迂闊だった…」
「デートの持ち物じゃないからな、仕方ない… すぐ取ってこれるか?」
「五分もかからない。だが、やつがあそこで出入り口を塞いでる間は…」

捜査官である彼女がいたことは幸いである。だが、ここまで来る間に一緒に乗ってきた車に置いてきてしまったのである。仕方がないことといえ、まさかこんな事件に遭遇してしまってはそれも惜しいと思うのは仕方がないことだろう。
なんせ彼女たちは喰種を狩る側の人間である。人々を守るために戦う人間が、戦う術を手放してしまうことはあまりいいとは言われないことだろう。

あいかわらず手短な人間を殺しては潰し、飲み込んでいく男の姿は出入り口を堂々と塞いでいる。残念なことにこのレストランの唯一の出口にあの男が立ち止まっているため、誰ひとりとして逃げることができないでいた。
どうしたらアレをどかせられるか。シレスが思案しているとなりで、ジーノのおとついた声が簡潔に問いかける。

「出れればいいんだな?」
「…何か方法が?」

真剣な目で喰種を見つめていたジーノがちらとシレスをみた。もう一度名前を呼んでその方法を機構としたが、彼はいつもと変わらない笑みを向けた。
何度となく見ていた笑顔。だが、どこかいつもと異なるその笑みにすこしだけの違和感を覚えながら、彼のあまりにシンプルな提案を聞く。

「俺がアレを引きつける。その間に外に出ろ。他のことは考えるな、いいな」
「…だが、相手は」

喰種だぞ、と言おうとしてそこから先の言葉が出なかった。ゆっくりと伸ばされた彼の手が頬に触れたからである。

「わかってる。大丈夫、自殺しに行くわけじゃない」

ちゃんと勝算と考えがあってのことだと彼がいう。だが、相手は喰種だとシレスからすれば不安でしかなかった。それでも、彼は信じてくれとただ一言いうこともなく、親指でゆるく頬を撫でてからちゅっと触れるだけの口付けをした。
優しい目で見つめたまま、やはり緩く笑って、ジーノが頷いた。

それがまるで、最後の別れのように思えてシレスが思わず手を伸ばそうとして、その手が空を切った。
テーブルの陰から顔を覗かせて、ゆっくりと立ち上がった彼の後姿を見ながらいかないで欲しいと思ったのは、その後起きる出来事をどことなく予見していたからなのだろう。
ざわりと彼の目が赤く染まっていくのをみて、嫌な予感ほど当たるものだと泣きたくなった。

尾のような赫子が揺れる。一度だけ振り返った彼の姿。赤と黒の入り混じる特徴的なその瞳と尾。まさしく嫌悪すべき敵の姿だったというのに、彼女にはまるで… 情けなく笑ういつもの姿にしか思えなかった。

行け、とたしかに彼が言ったのを聞いた。
飛び出していった彼の勝算というのはこのことだったのだろう。たしかに、人であれば抵抗の手段のすくない喰種相手であったとしても、同種の喰種であれば互角に戦うことも不可能ではない。
突然の急襲をうけた喰種が出入り口から遠ざかる。空間が開けたのを見て、シレスは飛び出した。

一度だけ交差した視線に、思わず、馬鹿とつぶやいてしまったのを彼は聞いたのだろうか。

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だらりと尾を垂らして、ぐったりと動く様子のないジーノが緩く目を開いた。
血のほとんどは彼が負傷して流れたもので、店内にいた民間人は喜ばしいことにほとんどが無傷であった。唯一、彼に庇われた子供だけが些細な傷と彼の血で体を汚してしまったが、喰種に襲われたという事実を顧みればこれほど無傷であることは奇跡的と言っても差支えがないだろう。

ぱきり、ぱきりと小さく音を立てながら彼の赫子が崩れていく。目の色も少しずつ元に戻り、そこにいたのは血まみれの人間と変わらなかった。
だが、わかっているのだ。誰もが遠巻きに彼を見ていた。彼が喰種であることをここにいる誰もが知っているのだから当然の反応だった。

「ジーノ」

名を呼ばれて、ゆっくりと彼が身を起こした。その様子にびくりと震える人間もいたが、彼はもはやなれているのかなにも思わないのか、いつもどおりの様子でおう、と返事をした。
ジーノの背が傷と血にまみれているのは、彼が子供をかばうために敵に背を向けてさんざんその攻撃を受けていたからである。幾分かその驚異的とも言える喰種の再生力で少しずつ治ってきているとは言え、破れたスーツが元に戻ることがなく、全ての傷が治るにはまだ時間がかかるのだろう。
抱きしめていた子供を離して、怪我はないか確認してから親御のもとへと戻す。両親に抱きしめられているその子を見てから、彼はゆっくりとした動作で出口へと向かおうとした。

「ジーノ」
「…シレス」

入口に立ちふさがったシレスの前で立ち止まる。じっと厳しい目でこちらを見ている彼女に、ジーノはへらりと笑う。

「怪我は?」
「…ない。やつをお前が引きつけてくれたおかげでな」
「そうか、ならよかった」

いいことなんてあるものか、と怒りたくなったが、できなかった。
複雑にもほどがある。

「お前は、」
「俺はとっととここから逃げるよ」
「逃げるって、どこに」
「どこか。どこでもいいさ、どうせこれだけ顔を見られちゃ捜査官にとっ捕まえられるのも時間の問題だろうしな。ダメだったら、まぁ、地下にでも逃げるかな…」
「っ、そ、れは…だが、」

「ごめんな、シレス。俺のことは…そうだな、疑惑があったから見張ってたとでもいってくれ。それならお前にも迷惑かからないよな?」

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ごめんな、シレス。
本当は俺が会わないほうがお前のためになることくらいわかってたんだ。

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すたすたと歩いていくスーツ姿の男をちらと見る人はいてもだれも咎めなかった。
いや、唯一、彼が真っ直ぐに向かってきていることに気がついた女性だけが驚いたように目を見開いて、立ち止まれとばかりに手を挙げようとした。
だが、彼はそれをみながら一歩、また一歩と近づいていく。
彼女が走り出して、彼を止めようとした。だが、彼女が彼の元にたどり着くよりも、彼がゲートをくぐったほうが先だったのだ。

警報音が周囲に鳴り響く。

途端、周囲の空気がぴりぴりとしたものに変わるのを物珍しそうに見渡しながら、かれはいつもの調子で目的の相手の名前を呼んだ。

「シレス」

名前を呼ばれてハッとした彼女の、固くに握り締めた手が力を込めすぎて震えているのが見えた。てこてこと慌てた様子もなく、ちかよった彼がその手をとり「力はいりすぎだろ」と苦笑して手を開かせた。その手が、すぐにぎゅうとその手を掴んだが、いつもより遥かに弱々しくて、かれはまた小さく笑う。

「なん、で、来たんだ… ジーノ」
「かわいい彼女に会いに来ただけ、だけどな」

ばたばたと周囲が慌ただしい。それもそうだろう。
今しがた、かれはゲートをくぐったことによって無謀な侵入者となってしまったのだから。それでもやはり、かれは落ち着いた様子でシレスの手をぎゅっと握って笑うのである。

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「誰も、誰もお前のことは言わなかった… お前が喰種だということを誰も、言わなかったのに」
「…あぁ、そうだな」
「なぜ、きたんだ」
「…それでも、顔を見られたからな。お前らは言わなくても、もしかしたらだれか見てたかもしれない。いいんだ、それはそれで、さ。俺が喰種だっていうのは紛れもない事実なんだから、いつかバレるだろうとわかってたことだ。
俺が、殺されるのも時間の問題だっただろうし。
それでも… いや、だからこそ、か。いやだったんだ。」
「…いやって、なにが、」

「… お前に、」

「お前に、殺して欲しいんだ。」
「は」

「喰種は討伐した捜査官に所有権が与えられる、そうだろ?
だから、そうしてほしいんだ。どうせ死ぬならほかのやつじゃなく、お前のために死にたかった。だから、ここまで来たんだ。」

「シレス。お前に殺してもらうために、さ」

「そしたら、俺はお前のものになるだろう?」

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ジーノを守るようにぎゅっと抱きしめながらシレスが口を開いた。。

「こ、れは」

じっとこちらを見るいくつもの目に一瞬足がすくむかと思った。
これだけの数の敵意を向けられることがあるとは思っていなかったのだ。それも、仲間たちから向けられるのはいささか居心地が悪かった。
いつも、こんな視線を向けられるのかと思いながら、彼を抱きしめる腕に力が入る。

「これは、私のクインケだ」

誰かが反論の声を上げた気がする。そりゃあそうだ。彼をいくら自分のものだといったところで、ジーノが喰種であることには変わりない。
クインケが喰種の赫子を用いた武器になっているのとはわけが違う。

あいかわらず力なく垂れている尾が視線に入って、殺そうと思えば周辺の捜査官の大半など彼には殺せるだろうに、と一瞬思う。
そうしないのは、本当に彼がここで死んでもいいと思っているからなのだと思うと、委ねられた命を捨てる気にはならなかった。

「…だれにも、やらない」

やりたくない。
大人しくしている彼が目を閉じて少しだけ彼女に擦り寄る。それに気がついたシレスが抱きしめたままの頭を緩く撫でた。


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「ずるいやつだなお前は」
ちくりとイヤミを言われながら、その理由を分かっていてジーノはくつくつと笑うだけだった。
「信頼してるんだ」
「信頼ね」
じっとりとシレスが彼を見つめる。機嫌が良さそうににまにまと笑う男は、そうだよと悪びれた様子もまるでなかった。
はぁ、とため息をついてそういうことにしておいてやるか、とシレスはさっさと先を歩いていく。ゆっくりとした足取りで彼女の後ろをついていくジーノがその手をつかんだ。自分よりちいさなてを少し覆うようにしながら指先を絡めてくいと引っ張るのは、いつもの彼の手の繋ぎ方だった。
とくに、甘えたがってる時なんか、彼はよくこうやって手を引いてくる。仕方のないやつだなと思いながらシレスが振り返る。
「別に、怒ってないさ」
「おう」
気にしてないというふうにジーノが答えたが、気にしていないわけではないだろう。そうでなければ、どこか申し訳なさそうにしながら手を掴んできたりしない。
「わかってるさ、ああしないとお前が殺されていただろうことは」
「…かもな」
「だから怒ってない。逃げてくれれば良かったのにとは思うが」
「…そうだな」
ぎゅっと手に力が入る。彼はどちらかといえば臆病な性格だったのだ。その時のことを思い出せば、怖くて仕方が無かったことだろう。
そうしてまで飛び込んできたのは、結局のところ、ジーノがシレスと一緒にいたかった、というただそれだけの理由。
「悪い」
「なにがだ?」
「…不利な立場になっちまったろ、俺のせいでさ」
だから、と二度目の謝罪を口にしようとしたジーノの口に指先を当てて黙らせた。
「いい、ジーノのことは信頼してる」
「…ん」
「私のことを信頼して、命をあずけてくれたのと同じくらいに」
「…おう」
俺もと言いながらジーノがぐいとシレスを引っ張って、抱きしめた。俺も信頼してる、ともう一度繰り返しながらジーノは触れるだけのキスをした。

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「喰種・鰐ことジーノだ、よろしくな」
「ぐ、喰種…?」
「おう。ほら、ばっちり喰種だろ」

チョーカーをつけた男が緩く手を挙げた。

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「シレスのクインケ、喰種・鰐だ。おー、生きたまんま飼ってもらってるんだ。羨ましいだろ」

「昼食?いいぜ、行こうぜ」
「あはは、おう。おれは食えないけどな」

「あいにくだが、俺はシレスのものなんでね。あいつを守るのが俺の役目なんだよ」



mae//tugi
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