ぱろわにゃ(オバロ)///

『おひさです』
『あぁ、これはこれは…わにゃくまさんお久しぶりです』
『最後なのでご挨拶くらいと思って… そちらはどうです?』
『いやぁ、さっぱりですね。やっぱり皆さん、もう来ないかも』
『こっちもそんなもんですよ。サービス終了、ともなればそんなものなんですかね』
『あれ、でもわにゃくまさんってギルド無所属でしたよね?』
『フレンドとかに挨拶ーと思ったんですけどねっ モモンガさんとあと数人がいるくらいでしたね。モモンガさんはいると思ってましたよ笑』
『わにゃくまさんがくるとも思ってました笑』
『嫁ほどじゃないですけどねー』
『ハイプレイヤーですもんねー』
『ネー 俺なんてさっぱりですよ』
『このまま今日は残る感じですか?』
『せっかくですしねー 嫁もそのつもりみたいでウキウキしながらログインしてましたよ』
『なんだかさみしいです』
『あ、じゃあ俺でよければ今度打ち上げオフでもどうですか?オフNGでさえなければ笑』
『いいですねそれ。機会があれば…』









「で、こうなるのか」
おおワニ頭よ。路頭に迷うとは情けない。

「いや仕方ないよな…平和だと思ったもんな…こういうことだったんだな…」
「つか、まいったな… 見たところ格好もこのままでいつまでたっても落ちる気配なし。しかも、なんだ? 違和感っつーか… あー、あーーこれはもしやまさか…」

「…ひ、ひぃいい!?」
「あ、ちょ…俺は怪しいワニ頭では… って無理か…無理だなそら…あぁんどうしよ…」


「ん、 んん? あ、あれは…」

「あのぉ… うぉあああああああ!?待ってくれ!待ってくれ!!おれは敵じゃないんだー!!侵入者ではあるが敵ではないんだー!!!」
「お、おう、こんなとこで飼われてたのか魔獣ども… っていや、今はそんなことを言ってる暇は… あぁしまったナザリック広すぎなんだよな…」
「は、はは… 年貢の納め時とでもいうのかな」


「もしや、 まさか、 まさか」
「や、やっぱり…?」
「モモンガさんーーー!!!」
「わにゃくまさんーー!!!」

「生きてここまで来れたことを是非褒めてください!」
「すごいですよ!侵入するだけでもキツいのに!」
「死ぬかと思いました!防御カンストでよかった!」
「ほんっと、わにゃくまさん防御だけはトップって言われてるだけありますよね!」
「PK対策大事!」

「…つまり、 ここは完全に異世界、と」
「そうなりますね」
「あぁー… うーーん、参った… けど、まぁ、こうしてナザリックもあってモモンガさんもいるってことは、嫁もいるかもしれないなぁ… わかりました、ももんがさん。俺は対して役に立ちませんが、できる限り協力させてください」
「こちらこそ、願ってもないことです。よかったらと思ってたところなので…」
「といっても、俺は俺で単独で動くことも多いかと思うんですけど…」
「構いませんよ。協力してくれる人がいるだけで… というか、プレイヤーだった人がいるだけで嬉しいくらいです」
「そりゃあこちらのセリフですよ」



「ひ、ひぃっ!?」
「どうどう、落ち着け落ち着け。俺は敵じゃねぇし、人を襲う魔物でもない」
「な、なんっ…?!一体、なんなんだお前…!?」
「俺かー俺はー… …セベクだ。よろしく、村人」





ぎゃりんっ


「ほら、守ってやったぞ。約束通り。金を出してくれるんだろう?え?それとも俺じゃあ出せないなんざ言わないよなぁ?」

「金を払えば、と言っただろう。さぁ、いくらだ?いくらなら、お前の命の値になるんだ?」

「いいだろう、お前のことをここでいくらでも助けてやろう、守ってやろう」
「そんなに怖いなら俺が家まで送ってやろうか?なに、お前が金を払ってくれるって言うならな」
「よしよし、いいだろう。契約成立だ」


「だが」

「忘れるなよ人間」


「お前がほんの少しでも約束を破ったら、俺はお前に相応に対価を支払わせるぞ」


「生きたまま氷像にして、指先から削るからな」


「お前も」
「お前の家族も」
「お前の友人たちも、な」

「それが嫌なら、せいぜい、きちんと払うことだな」

にぃっと、鱗に覆われている顔が、緑の目が笑った。




「面倒が起きることは承知の上でこれを放り捨ててくる」
「…敵陣まで乗り込むつもりか?」
「なぁに恩を売るというんだ。それに… こいつらも高が知れるじゃないか」
「まぁ、な… お前に一ミリも傷つけられないしな」
「そりゃあお前も同じことだろう」
「お前ほどじゃないさ」

「じゃまた連絡する」
「あぁ」



「金だ」
「金をよこせ」

「条件はただそれだけだ」
「わかりやすくて、安心だろう? なぁ、人間」




「よぉ、綺麗な髪のお姉さん」
「…なんだ、虫けら」
「そう睨みなさんな。あんた、フルアーマーのやつと一緒にいたお嬢さんだろ?」
「…それがどうした」
「彼に合わせてくれるか?」
「なぜ私がお前のような素性もしれないミジンコに会わせないといけない?出直してこい」

「いや、彼が友人だからさ、プレアデスのお嬢さん」

きんっ。
その瞬間、透き通った金属が響く音がきこえた。
目を見開いたのはお嬢さんとよばれた彼女、ナーベのほうであった。
指先で軽々と防がれた剣撃に、まさか、と一瞬驚くのをよそに「あ!」と声がした。
見れば彼女の主人がそこに立っている。もっとも、今はあくまでもパートナーということになっているのだが。

「ナーベ!何をして…」
「おぉ、なかなかかっこいいじゃないかフルアーマー」
「へ?」
「オレだよオレ、わにゃくまだよ」
「わ、わにゃくまさん!?どう見ても別人…」
「いやぁ、元の格好のままだとどこもかしこも相手にしてくれなくてな。亜人種はてんでだめみたいだから、渋々幻術で」
「な、なるほど… あ、ナーベ、この人は」

「わっ、わにゃくま、様…?わにゃくまさまとは知らず…!ご、ご無礼を!」
「いいよいいよ、それだけ俺の幻術が完璧だって証明にもなったからね。不意打ちみたいな真似して悪かったな、ナーベ」



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「あ、いつは」
「どうみてもどうかんがえてもなにをどうしても、あれは、」
「まちがいないよな…」

二人が見上げる先で、彼らより幾分か背の低い女性が冷たい目線を向けてくる。
完全に広げられた8枚の巨大な翼。さらに広げられた小さな翼を含めれば、10は超えるその翼の数。うすらと青く輝くその姿に二人ははっきりと見覚えがあった。

「セラフィム・セレスティアル」

はっきり、召喚者はそういった。
だが、様子がおかしいと気がついたのは彼女に敵対する二人であり、そして…

「バカ野郎… 完全に、ありゃあ、バーサーカーモードじゃねぇか…」

彼女の 夫 である、ジーノであった。

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「アインズ、聞いてくれ」
「なんだ」

「あの様子だとあいつはまず、超位階魔法4発、ぶち込んでくる」

「…は?」

「初撃で全滅させる気だ。味方もろとも関係ない。うち2発は対城破壊効果が上乗せされる。防御ごと潰すならそれが手っ取り早いのはお前もわかるよな」
「……半径10キロ」
「あらゆるものが吹き飛ばされる。あいつが殺すと決めたらそうする。…見慣れてるからな、おれは」

「防げるのか?」
「…あぁ。全て、防ぐ」

「代わりにアインズ、あいつの相手は俺がするから、どうにかあいつを倒す…いや、正気に戻す方法を見つけてくれないか」
「…おおかた、あの召喚道具だろうな」
「任せていいか?」
「…わかった、シレスさんは私にとっても大事な友人だからな」
「恩に着る」


「あいつの相手をするのに、なりふり構っちゃいられないからな」

一瞬、男の姿が揺らいだ。顔が隠れていて見えなかったのは、彼が自身の姿を隠すために自分自身に対して幻影を重ね合わせていたからだ。
だが、その全て消し去る。息を呑む声が聞こえた。
ゆらりと揺れる太い尾。広げられた巨大な黒い翼に手足をおおう鋭い鱗。

「ま、魔族…」


頭上で佇む彼女に、指を向けた。
ぴっ、と彼がなにか動作を仕掛けると、彼女の視線が真っ直ぐに向けられ…
そしてジーノの足元に青く輝く魔法陣が展開される。

「…なるほど、逃げられないというのは、」
「おう。あいつの魔法はな、座標指定じゃない。」

「対象指定だ。たとえ地獄の底まで逃げようと、あいつの攻撃からは逃げられない」


「オールディフェンス、オープン」
「四神結界発動。白虎壁展開。朱雀壁展開。青龍壁展開。玄武壁展開…」
「不夜城発動、門をとじろ。オーダー、籠城戦」

「…お前、よくそこまで防御アイテム揃えたなぁ」
「褒めてくれていいぜ」
「けど、…シェルターまでつけるのはいささか過剰じゃないか?」
「どうかなぁ、正直あいつが4発全部使ってるのは見たことがないし…」
「え?」
「だって一発でほとんどかたがついちゃうから…」
「…えっと」
「…シレスのやつ、防御紙なんだよ」
「それは、まぁ聞いたが」
「防御捨てて、あいつ全部攻撃に振っちゃって…ふつうの魔法ならふつーーーにつかっただけで威力が3位階分くらい跳ね上がる仕様になってて…」
「…それでこれからあいつは惜しみなく超位階ぶっぱなすって?」
「はは、しかも今バーサク付与」
「…よし、防ごう。頑張ろう!生きて帰ろう!」



「テレポーテーションでもつかって国まで帰れ!渡されてるんだろう!?今すぐに!」
は?という顔をしているが、慌てっぷりになにやら感じ取ったのだろうか。顔を見合わせてじりじりと彼らは後退しようとしている。
「半径10キロ!離れてろ!」

だが悲しかな。彼らの何人かは帰るすべを持っていない。

「…あぁああああもう!こっちにこい!早く!」
「おい、セベク、まさか」
「そうだ!助けてやらんこともないと言ってるんだ、早くしろ!」

「…あいつに、」
「あいつに、あまり殺させたくないんだ」

「来るぞ」

「あ〜〜あぁ〜〜持つかな〜〜もってほしいな〜〜」
「不安になるからやめてくれる!?」

「っと、不夜城砕けた。さすが建造破壊特化〜」
「あーあー、あと一発対建築物くるのかぁ」
「来た!」

「…かろうじて、1枚残ったくらいだったな」
「し、死ぬかと思った…」

「天使の笑い方じゃねぇよあれ」
「言ってやるなよ。普段滅多に笑わないんだから…」
「セベク?」
「…たまにはあんなふうに楽しそうに笑ってるのもかわ、」

「がふ、」
「セベク!」

短い破裂音のような音をたてて、最後の盾が弾きとんだ。遅れてその音が耳に届いたときには、彼らの目の前にはいつの間にか彼女が微笑んでたっており、その手にした剣は… セベクの体をはっきりと貫いていた。体の中央。鼓動するものが収まっているだろう、胸部。その背から刃の先がのぞき、血が滴っていった。

目を見開いたまま、伸ばそうとした腕がだらりと垂れた。
くすくすと笑いながら彼女は彼の耳元で囁く。

「ねぇ」
「もっともっと、たのしませて?」

はぁ、とため息が聞こえ、一度閉じられた目が開かれた。
体を貫いたままの剣が傷口を広げるように垂直に回転される。
肉のかき混ぜられる音に顔をしかめながら痛覚が鈍いのか彼は平然としながら、剣が抜き取られていくのを見る。
ぼたぼたと血肉がこぼれた。傷口は、だがすぐに塞がる。

「…俺でよければ、いくらでも」

にっこりと悪魔が笑った。


-----

目にも止まらぬ速さで二人が同時にその場を離れていく。
回避と防御に専念しているセベクと、殺すことしか考えていなさそうな猛攻を仕掛けるセラフィム。
すくなくとも、セベクが彼女の相手をしている間には周りにその被害が… 流れ弾のことは仕方がないとして… 直接飛んでくることはない。

その間にアインズは召喚道具を探す。じつは周囲一帯が灰燼に帰してしまい、それを探すだけでも苦労することになってしまったのだ。なんせ、範囲は半径10キロ。自然破壊にも程がある。

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パンッ。幾度目かわからない破裂音。かしゃん、とがらすの割れるような音。その度に消える一瞬の防御機構。
魔力はもうじきそこをつく。それを承知の上で、彼はただひたすらに防ぎ続けていた。

(割れる)

彼が素早く重い一撃を防ぐと同時に、また一枚、シールドが弾けた。
幾度も高速展開と消失を繰り返すことで、何重にも襲い来る剣撃を防いでいる。
すべてのステータスを防御に振ったといっても過言ではないかれだからこそ、今の今まで無傷で耐え続けられていたのだ。

だが。

「っ!」

盾の展開が間に合わず、ついにその身を削がれる。
生かすつもりのない容赦のない太刀筋はその腕を吹き飛ばした。
剣に付着した血もすぐに周囲へと飛び散ってしまう。
彼女の手繰るその速度が早すぎて、穢れさえ残りはしない。

(た、頼みますよ、ももんがさん〜〜!!)

魔力は底をつく。万が一に備えていくらかは残してはあるが…それでも、全て防ぎきることはできなくなりつつあった。
落ちた腕をすぐに回復させながら、心の中で今もせっせと見失ったアイテムを探すアインズに祈った。

正念場は、ここからだ。




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いとが切れたように倒れる彼女をかろうじて受け止められたのは幸いだった。
だが支えきれず、かれはそのままともに地面に崩れ落ちる。
ぴくりとも動かない彼女と、心配そうに視線を送るセベクのもとへアインズが帰ってきた。

「うわ、ひどい格好だな」
「魔力がないならライフで受ければいいじゃない。ライフもないなら残機で受ければいいじゃない…」
「把握しました、お疲れ様です…」

遠まわしのゾンビ戦法してましたという回答に心底呆れながら返事を返すしかできないアインズ。
ちらりと見ても、怪我だらけというよりももはや蠢く肉塊一歩手前のような破損度合いを見せている正直グロい格好の男に比べて… 文字通り傷一つなく眠っている彼女を見ればどれほど彼が気を使って攻撃を受け続けていたのかも一目瞭然であった。

「一撃も当てなかったのか?」
「おう」
「…よくやるよ本当」
「俺が怪我させるわけにはいかないからな」

ただでさえ紙防御なんだし、とかれはのんきに笑っている。その間にも、緩やかに表面の傷口は塞がっていく。自動回復なんて回復量が足りなさ過ぎて役に立たないかと思われるが、こういう場合なら存外役に立つものであった。

「…ん……じーの?」

寝ぼけた目がこちらをみたのは、あまりにもひどい怪我が概ね治ったあとであった。細かな傷やばっきり折れてる翼といったぼろぼろの格好は変わらなかったが。

「おう、おはよ」

だがかれはこれまでのことをこれっぽっちも気にしている風はなく、屈託なく笑って彼女の頭を撫でたのだった。

-----

「なるほど、そんなことが… すまない、手間をかけたな」
「いや、今回はたいしたことはしていない。かれがあなたの相手は引き受けてくれたからな」
「…そうか」

「さすが、私の旦那だな」

「はは、そう言ってもらえると俺も頑張ったかいがあったな」
「助かったよ、アインズ。礼を言わせてくれ。お前がいなかったらどうしようもなかった。」
「言葉だけで礼を済ませるのも気が引けるしな、なんせコレだし… よかったら、ナザリックの、というかアインズのとこに入れてもらってもいいか?できる限り協力させてほしい」

-----

ぱっと顔を手で覆い隠しながらジーノは立ち上がった。
べしゃりと転送トラップを踏んで送られてきたさきは暗い部屋。
唯一ぼんやりと姿が見える部屋の主を見ながら、もごもごと彼は自分が敵ではないことを必死に訴えかけている。

「きょ、恐怖公、だろう、あんた」
「いかにも」

幾分がもごもごとくぐもった声を出しながらジーノは体をよじ登ってくる彼の同胞にぞくぞくと恐怖と嫌悪感からくる震えを感じながらなるべく踏みつぶさないように数歩近寄る。

「俺はジーノ。ここのギルドとはちょっとした知り合いでな。アインズのだれかに合わせてもらいたい。…誰か呼んできてくれるのでも構わん。階層守護者でもな。だから…合わせてもらえるか?」
「…しばしまたれよ」

(恐怖公部屋にINした話)

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「助けてやろうか、人間」

その言葉とともに現れる男の声を聴くべきではないといつも聞く。
人ならざる頭、鋭い牙。ニマニマと笑う男の目はどこか楽しげにさえ見える。

「助けてやろうか」

悪魔はもう目のまえに迫っている。
周りの連中はことごとく死んでいった。
自分たちと、運よく生き残った数人ががたがたとおびえているにすぎない。

そんな中で、いつのまにか近くに来ていたその異形頭が笑っているのだ。
噂には聞いていた。
この鰐頭こそ、守護神と呼ばれている最近現れた化け物だとすぐにわかった。

「ほらほら、あいつら構えてるぞ。殺されたいのか、それとも、」

助けてほしいのか。男がにやにやと笑った。

---

どん、と曲がり角で背の高い男性にぶつかって青年がたたらをふむ。
「っと、わりぃ!」
よろめいたところでがしりと腕を掴まれたおかげで転倒せずに済み、彼…クライムは相手にすまない、と口にしながらその人物を見た。
自分と似た、少し淡い金髪。だが、騎士である自身よりも長い金髪はハーフアップのようにゆるく結ばれている。ともすれば、そんじょそこらの女性よりも綺麗に整えられた長髪だが、男の髪としてはあまりみかけない。
ばっちりと交差した目線にどこか緩い雰囲気のその男の緑の目をクライムはおもわずじっと見てしまった。
変わった目をしている。リザードマンのようなと思い、そうだ爬虫類のような目をしていると気がついた。
「あー、俺の顔になにか?」
「あっ!いえっ、その、目が」
「目? あぁ…変わってる?」
へらっと笑った男は気を悪くした様子もなく、よく言われる、と軽く流す。
「あ、その、不躾に申し訳ない」
「んにゃ、別に構わんさ、それくらい。それより、ぶつかって悪かったな。ちと余所見してて」
「いえ、こちらこそ」
急いでたもんだから、と彼がもう一度謝ってからじゃあなと手を振って去っていく。白いスーツなどとやけに目立つ格好の優男が人混みに紛れて見えなくなるのをクライムは見送った。

今、クライムはその時のことを思い出していた。

相変わらず、彼は白いスーツを着ていて、見た目といえば優しそうな細めの男といった印象しかない。
ただ意外だったのは、今いる場所があまり治安のいいところではないということと、彼がそんな場所で目立つ格好をしても目をつけられることがないという事実である。
まっさきに絡まれそうな見た目なのに、と思ったのはぐっと飲み込み、何故こんなところに、とクライムは問いかけた。
彼はちょうど、仕事としてこのあたりにあるという違法施設の経営者を拿捕しに潜入しようとしたときのことであった。

「よ、この間ぶりだな」
がっ、と肩を組んできた彼を振りほどこうとして、その腕を振り解けないことに小さく目を見開いた。自身より鍛えてるようにはあまり見えないというのに、意外にもその力ががっしりと強かったのと… ぼそりと耳元で囁かれた言葉のせいだ。
「話し合わせて」
にっと笑う男に、ぎこちなくクライムが」ひ、ひさしぶりだな…?」と返事をした。満足そうにうなずいて、彼は今しがたクライムが潜入しようとしていた建物へとすいすいと足を進めていく。こん、と扉を叩くとうっすらと隙間が開く。
番をしていたらしい男がちらと2人を見て、背の高い方の緑の目を見てすぐに「あぁ、あんたか」と扉を開けた。
「そっちは?」
「俺の友人。まだ童貞らしくてなー、可哀想だから連れてきたってわけ」
「っ!?な、ちょっ、」
「ぁー、そういうことか」
「部屋、奥の方借りれる?さすがにこいつも恥ずかしいかと思って…いい部屋があれば一部屋借りたいんだけど」
「あんたのためなら空き部屋はできるだろうさ。まぁ、今日は空いてたと思うぜ」
「さんきゅー!んじゃ、いこーぜ〜」
ぱちぱちと青い目を白黒とさせている間にとんとんと話は進み、クライムは… すんなりと建物に入り奥へ奥へと連れて行かれることになってしまった。

建物の中は甘い匂いで満たされていた。その香にわずかに顔をしかめながら、さっさと進んでいく金髪を追いかける。途中で幾人かが彼を見て声をかけていたり、女性が近寄ってきてしなをつくるような場面もあったが、彼はそれらに軽く挨拶をしただけで歩みを止めなかった。

奥の一室に入りながら、ようやく立ち止まった彼がちょいちょいと手招く。信頼してるわけではなかったが、警戒しきることもできずその誘導に従い部屋に入る。鍵をかけなかったのは、そんなクライムに気を使ってのことだった。

「…貴方は、」
「クライムくん、だよな?合ってる?」

何者か、と問おうとしたところで、どかっとベッドに腰掛けた彼が先に口を開いた。軽装ではあるが、クライムは剣は持ち歩いている。男が自身の名前を言い当てたことで警戒の高まった彼は、いつでも動けるようにと思わず身構えた。
その様子に苦笑した、のだろう。小さく笑ってから、彼は「ジーノだ」と口にした。
「え?」
「俺の名前。ジーノってんだ。まー、なんだ、用心棒?みたいな仕事しててな。一応…あー、そうだな。一応、傭兵っつーか、まぁ、そんな感じの分類をされてる。だから、ここにも仕事で何回か来たことがあってな… あー…うーんと、あれだろ?とっ捕まえに来たんだろ?」
ジーノと名乗った彼が、非常に気を使って言葉を選んで話すのを見ながら、すこしばかり警戒の色を薄める。少なくとも、今すぐどうこうしようというような敵意は見えなかったからだ。
「…そうだとしたら?」
「折り入って頼みがある」
真剣な顔で座り直した彼は、そしてこう言った。「俺を雇ってくれないか?」と。

---

「俺は守ることしかできない。つまり、盾だ」
「けどな、」
「盾を盾としか思ってないなら、大間違いだぜ?」

「斬殺、刺殺、圧殺もお手の物、ってな。盾なんざある意味使い勝手のいい武器だっての」

防壁と壁で押しつぶしローラーという最悪にグロいしエグい殺し方もできるうえに手を汚さない。まさにローラー。
盾自体の硬さも相まって盾の先端や淵で指すこともえぐることもきることもできるだろうし。なぁ。
真っ赤な道をずりずり作り上げる最悪の防壁。もとい移動要塞。

---

「な、なぜお前が!頼む、頼むよジーノ!助けてくれ!」
「ごめんなぁ、今はこっちに雇われてる身なもんで」
「や、雇われて?なら!なら!!幾らだ!幾らなら俺を守ってくれる!?倍額、いや、三倍でもいい!助けてくれ!」
「だめだね」
「なぜだ!?そんなガキでなく、おれなら!」
「だからさ」

「あんたはこいつの価値も分かってない。だから、あんたはここで死ぬんだよ」

---

「…冒険者だって言ってましたよね」
「おん。言ったな」
「ジーノさん、プレートの色は…」

「ナイショ」

「えっ?」
「ナイショ。当ててみるか?」

---

「…あなたはなぜ、そんなことをしてるのですか?」
「冒険者のことこ?それとも、」
「…傭兵、とか」
「んー、そうだなぁ、本当は俺だって首突っ込みたくはなかったんだ、裏側なんて」
「でも、あなたのことを全く知らない人はいないでしょう? それくらいあなたは、」
「犯罪者と仲がいい? ま、そのとーりだな」
「貴方は、何のためにあんな連中と…」
「俺のためかな。あいつらと一緒。自分のためさ」

「探してる人がいる。あいつを見つけるためなら、俺は手段は選ばない。例え何人死のうと、殺そうと、そのために俺が何回死んでも構わん。ただそれだけだよ」

「な?俺のためだろう」

きっと誰でも持ってる、自分のための理由。

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狭くて頑丈な通路を男が1人で歩いていく。彼の呑気な鼻歌は残念ながら周りの音にかき消されてあまり聞こえなかった。ずりゅ、ずり。彼が歩くたびに壁と壁の隙間から嫌な音が聞こえ、彼が歩いた後にはべったりと赤い痕跡が伸びていく。また、ばきょ、と何かが割れる音がした。
「防壁しかできねーって、油断しすぎなんだよなどいつもこいつも」
耳障りな悲鳴が廊下に響き渡る。押しつぶされて飛び散った臓物も、また壁と壁の隙間で丁寧にすり潰されていく。
「さ、着いたぜ」
これっぽっちもその白いスーツを汚すことなく、グロテスクな道を作り上げた男が笑いながら扉を開けた。

(ローラー作戦)

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「くくく、亜人は嫌いか、お前」

ゆらりゆらり。機嫌が良さそうに尾が揺れている。
フードできっちりと覆われている顔を伺いみることはできなかったが、その尾からどういったタイプの顔をしているのかはあまり想像に固くはない。
おそらく、ウロコに覆われたヘビのような顔をしているのだろうと誰もが思っていた。

「…別に?」
「そう隠さなくてもいい。俺もそういう扱いは散々受けてきたからな…法国まで護衛をしたこともあったが、いやぁ、面白かった面白かった。連中ときたら、俺のことを見て目の色を変えて喚き散らしやがるんだから… 人間至上主義とまでは言わないが、人間種以外は見下してるんだろう」

じっとこちらを見る目。その視線は感じるが、目元は影に隠されていて見ることができない。だが、思いのほか敵意があるようには見えないのは幸いというべきだろうか。
たしかに、ここら一体の国々において人外…純粋な人間種以外の種族は冷遇されているといって過言ではないだろう。国によってはエルフなどの亜人種であっても奴隷として扱われていたことがある。
目の前の一団は未だにその傾向を色濃く残したままなのである。

「言ったろう、別に気にしちゃあいない。だが、不愉快に思わないのとは話が別だ。やるんだったら俺の見えないところでやってくれ」

のろりと立ち上がった彼を目で追いながら、その背の高さにぎくりとする。二メートルを越す身長は、他の、特に小さな身長の人間立ちから比べるとあまりに大きく見えて仕方がないのである。
のんびりとしたあゆみで彼がどこかへ行くのを誰も止めなかった。彼は、基本的に一人で行動することが多いのだから当然でもあったが。

「…なぁ、あいつ」
「リザードマン、か? 請負人(ワーカー)としてここに来ているのはわかっているが…」
「だが一人で?だいたいどこのやつだ?」

ひそひそと周囲からささやき声が聞こえてくる。さっと仲間たちがそれぞれの集団をつくり、あれはどこの誰でどういった人物なのかと情報を交換し合う。

「間違いないだろう、セベクだ…実物は初めて見たが」
「セベク?」
「知らないのか? 一応のところ、ワーカーとして最近突然頭角を現した人外種…あの尾、まちがいないな」
「噂では、ドラゴンやら悪魔やらに遭遇しても無傷だったとか」
「さすがに誇張じゃないのか?だいたいどうやってそんな…」

---

「なんだ、お前も来てたのかモモン」

くぁあ、と眠たげなあくびをしながらやってきた相手にぎくりとしたのは周辺の誰しもがそうであった。
たった今、アダマンタイト級らしい堂々たる姿を現したモモンに対し、こうまで気楽な態度を取った男に対してぎょっとしているものもいる。何人かは彼に対して文句を言おうかと思ったが、それより先にモモン当人が相手を見て「あぁ、お前もいたのか」と砕けた調子で答えたために開いた口はぱくぱくと動いて閉じられた。

「珍しいな、お前が護衛任務以外にいるとは」
「護衛として呼ばれた。送り届けるまでに大事があっては困るってな」

それに、と振り返った先にいるのは人ではなく、スレイブニルである。どんな馬よりも屈強な軍馬の値段など押して図るべし。ここにいる誰もが知っているような価値がその馬にある。
そのスレイブニルを彼がみると、馬が小さく鳴いてその頬へと擦り寄った。しつけられている馬が甘えるような行動をすることを珍しく思いながら、そういえば彼が飼育者としても優秀であったことを思い出したモモンが納得したように頷いた。

「お前のところの馬だったのか?」
「分け合って少し面倒をみた。随分と懐いてくれたからな、むざむざ殺されるのは避けたい」
「…意外と、動物好きだよなァお前」

---

「あんたも強いんだろう?」
「…俺か?」

「…まぁ、お前らよりはつよいと思うが… 悪いんだが、戦うのは向いていないぞ」

「? 悪いが、今まで戦った相手とかいうのもあまり覚えていなくてな。…あまり覚えるのが苦手というか…」
「どうしたんだセベク」
「…モモン、お前はちゃんと相手のこと覚えているか?そりゃあ俺とて、お前やナーベのことは覚えられるが…」
「…覚えている、と思うがな。お前よりは」

「なにか特徴があれば覚えられるんだが、なぁ。特筆したところがないと、どうしたって覚えられない」

「ドラゴンの攻撃からも無傷だとか、ギガント・バジリスクに無傷だとか、そっちの漆黒ならまだしも…」
「ギガ…?」
「…ギガント・バジリスク。お前、本当にそういうの覚えるの苦手だよな」
「覚える必要がなかったからなぁ」

「そんなに疑うなら相手しようか?」

「老体、さっきモモンに打ち込んだばかりだろう?」
「なぁに… それでもわしはお主と相対してみたかったんしゃ」
「…わかった、好きに打ち込んできてくれや」

「あぁ、よかったら全員でかかってきてくれたっていいぜ。どうせ多少食らってもしにゃせんからな」

「…む、きず?」
「あれだけの攻撃を同時に受けて…?!」

「…終わりか」

「そいつは…セベクは、最高位天使の攻撃だろうと弾いたこともあるぞ」
「…最高位天使?」
言ったそばからなんだそりゃという顔をするセベクにはあ、と呆れのため息。
「一回遭遇しただろう、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)」
「? どれだ?」
「もっふもふのばっさばさの異形天使型のでっかいやつ」
「もっふもふのばっさばさのてんしっぽいやつ? …あ、あぁー!なんか召喚されてたやつ?」
「それ」
「いたなぁ、そういや」
「…はぁ」
「天使っつーのはほら…」
「お前のノロケは聞きたくない」
「…惚気じゃねぇし、事実を話してるまでだし…」

「アダマンタイト、って一番上なんだろ?」
「まぁな」
「ふぅん。お前がアダマンタイトなら、たぶん俺もアダマンタイトもらえるんだろうな」

(実際お前、アダマンタイトだろが)
(ジーノの話だろぉそれは)
(だいたい、そんなバレやすそうな二足のわらじなんかやりやがって!)

===

矛盾。
いま、その言葉を思い出していた。
最強の矛と盾であれば、どちらが勝つのか。その問いかけはいままさに、目の前のふたりへと向けられてしかるべきだったのだろう。

方や最強の矛にふさわしい攻撃力と破壊力。
方や最強の盾にふさわしい絶対防御の力。

故事のとおりであれば、その結果はわからない。
だが、彼は答えた。

「矛が勝つだろう」と。

そんな話をした時には、何も考えなかった。
しかし、実際の様子を目にしてそれは変わる。

男の胸を剣が貫いていた。真っ白な剣が赤く染まる。最強の盾が、最強の矛により突き破られている。
彼が、盾その人が答えたのはこのことであった。

彼はうすらと目を開く。
この程度、たかだか一度心臓を突き破られた程度のことと言わんばかりに、彼はすぐに動いた。

最強の矛は最強の盾を打ち破る。それをわかっていて、どうして彼はああも穏やかに、なんてこともなく答えていたのか。
その答えはこれだったのだ。

盾が破られようと、もし、盾そのものが生きていたのであれば。
そして盾が死なないのであれば。
はたして、盾は負けたと言えるのだろうか。

ああ、悲しきかな。
人はそれをゾンビ戦法とでもいうのではないだろうか。

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「比翼連理の契約」あるいは「連理の翼」…… それはユグドラシルでも画期的で、かつ強いと言われるシステムの一つであった。
内容は簡単、絶対不可侵の契約を1対1のプレイヤー同士で結ぶこと。
その内容とシステムから、プレイヤーの間ではケッコンシステムと揶揄されることもあった。
あらゆるステータスの大幅上昇が確定されており、その上昇率は他の契約系の魔法と比べても破格…… だというのに、実際にこの契約を使ったプレイヤーはほとんどいなかった。

アイテムストレージや個人用拠点の共有化…… これだけでも渋るプレイヤーは多かった。なんせ、これらのアイテムストレージの共有化に際限がなかったのだ。要は、苦労して手に入れたアイテムでさえも契約の名目で相手に盗まれる危険性があったのである。
で、あれば。もちろん、仲のいい相手とであればこの契約はたいした問題は発生しえない。それでもなお、契約を実際に行ったプレイヤーが少なかったのは、この契約の特殊性そのものである。

比翼連理の”呪い”。
そう呼ばれるほどのデメリットとは、単純に、契約の破棄が不可能という点にあった。いや、実際にはゲームシステム上それでは困るので破棄はできる。
代償として、それまでの恩恵のおよそ数倍、あらゆるステータスの低下やレベルの低下が発生するのである。さらにこれで問題となったのは、高レベルであるほど低下率が高いということだ。

……ある一定のパーセンテージでステータスが低下するだけであればまだよかった、とはこのゲームを去っていったプレイヤーからの言葉である。
よもや、半永久的な上限値の低下だとは誰も思わなかったのである。

とにかく、メリットよりもデメリットが大きすぎたのだ。
もちろんこれらの欠陥やデメリットを改善する動きはあった。しかし、対応するほどに連理の翼は使用するメリットよりもデメリットが浮き彫りになり、結果としてこの契約を使うものは殆どいなくなった。

この2人は、そんな稀有な呪われた契約を使っているのだと、知っているものは良く知っていた。

契約破棄の難点があるのは、要はそれが一般的なプレイヤーであるからである。彼らは実際に夫婦で、同時にお互いに欠点を補いあう形で性能を特化させたキャラクターを操作していた。
何かと、この呪いを有用に使うに向いていたのである。

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mae//tugi
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