刻む証///

タトゥーの話

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 毎日シーツを取り替えるのは面倒だというくせに、ミントは結構しょっちゅう取り替えている。今日は特別面倒くさい日のようで、大の男が寝てたベッドは昼を過ぎてもぐしゃぐしゃのままだった。
 当然俺はそんなめんどくさーいことをやることはない。今日は特に用事も入れていないからと柔らかくて、洗剤かなにかのいい匂いのするベッドにごろごろと転がったままだ。カーテン越しに日中の日差しが差し込んでいて、時計を見ればどうりで腹が空いたわけだと納得した。

「ん〜…なぁ、おっさーん」
「……なんだ」

 ぬくぬくと程よい室温は空腹を押し返すほどの眠気を呼ぶ。
 こんな真昼間から、と自分でも一瞬思ったがよく考えればこの時間帯にはいつも寝ていた気がする。いまさらか、と思いながら寝返りをうって隣に座ってるミントを見る。飯の催促をするならおっさんが一番だ。

 おっさんの緑の髪も、今日はきっちりと整えられてるわけではなかった。くせっ毛だからいつものことだが、それにしたって長い髪の毛先は好き勝手あちこちに飛び跳ねてるし。邪魔くさそうにかきあげた前髪が全部後ろに回されて、普段髪の影になりがちな顔がはっきり見えた。

「はらへった」
「……自分で用意しろ」

 あ、ダメだなこれ。今日はこれ動く気ねぇわ。

 いつもなら起きてすぐにぱっぱっと着替えるのに今日に至ってはベッドの上に座ったまま着替えるつもりもないらしい。片膝をたてて座ったまま、ベッドに持ち込んだパソコンとにらめっこ。そういや今日はめがねまでしちゃって、残業ですかおっさん。カワイソ。それにしたって服くらい着ればいいのにな。忙しいのか、いや、やっぱりめんどくさいだけなんだろうな。

 残念ながら飯を持ってきてはくれなさそうで、多少残念に思いながらミントを眺めることにする。どうせ冷蔵庫を覗いたってそのまんま食えるものは対してないのだから、行くだけ無駄だ。かと言って勝手に料理しようもんなら夕飯の予定が、とか文句を言われかねない。作りおきがあればいいが、昨夜の様子からして残ってないような気がする。よって、ミントが俺の空腹に慈悲を見せてくれるのを待つことにした。

「おっさんそれざんぎょ?」
「……まぁな」
「珍し」
「本社から急に来てな、向こうでトラブルがあったらしい」
「ほーん」
「……興味ないだろ?」
「まぁね」
「もうすぐ終わるから待ってなさい」
「めし?」
「わかったわかった、これが済んだらな」
「やりぃ」

 でも俺にはわかってるぜ。今日の飯が手抜きになることくらい。
 だってこっちに向けてるおっさんのひろーい背中にでかでかとメンドクサイって滲んで見えちまってるもん。まぁいいんだけどさ、レンチンのパスタも最近はうまいから。

 ぱちぱちぱちたん、たん。おっさんがキーボードを打つ音と、外を飛んでくよくわかんない鳥の鳴き声。時折ふーんわりと風が吹いて、階下を通り過ぎていく通行人の声がうっすら聞こえてくる。
 暇だと思いつつ、さっきから視界にうつるおっさんの背中の模様を辿る。
 背中をいびつに両断してるでっかいでっかい幾何学模様。肩から腰に降りてくトライバルの下には色の変わった皮膚がいくつもある。腰元には幾何学カラスと、あー、なんだったっけ。玄関に飾ってるインディアンかなんかの妖精だか精霊だかの模様。やけに細かい装飾のされた黒い十字架。それに十字架にぶっ刺さってる剣に、傍らの髑髏と結ぶ鎖……。
 人にはタトゥーなんか入れるなと言っておきながら、おっさんは全身あちこちタトゥーまみれだ。それも統一性なんかなぁんもないくらいにごちゃごちゃと。もはや隠しきれない量を背負っておいていうものだから、今だって俺は納得していないところがある。

 ……そういえば昔も昔。まだ俺がガキだったころはおっさん、いっつも長袖着てた気がする。
 なんで夏なのに長袖なのか聞いたら、一瞬困った顔をして俺の頭を撫でていった。その後、偶然にも腰元の模様を見つけて、おっさんのからだをびっちり埋めてる模様を見たときにはさすがに驚いた。
 さすがに一般人ではないだろうということはわかっていた。だから、傷跡でもあるかとは思っていたが、まさかその傷跡を覆い隠すようにあれほど墨が入れられているとは思ってもいなかったから。
 ミントはいつも厚着をしている。首筋まで覆い隠す服ばかりで、シャツを着ていたとしてもインナーを重ね着しないと落ち着かないらしい。多分、そうでもしないとタトゥーが覗いてしまうからだろう。

 背中から腰にかけて書かれている”Mi Vida Loca”の文字を見ながらそろそろと手を伸ばす。よく見れば、それは一つ一つがいびつな形をしている。文字を形作る曲線にさえ統一性がなく、その一文字一文字が違う人物によってバラバラに刻まれたことがなんとなくわかった。
 きっとそうなんだろう。おっさんが時折鏡を見たまま、この山ほどある痕を消すかどうか悩みながら消せないでいるのは、そういうことなんだろう。量が多いだとか、そういうこともあるだろうけれど。

 指先が皮膚に触れる。指先で文字をなぞれば、くつくつとミントが笑った。

「ベリアー、さっきからどうしたんだ?」
「……べつにぃ」

 視線にはずっと気が付いていたんだろう。とうとう手が出たものだから、おっさんが耐え切れないとばかりに笑ってる。普段は表情筋が死滅してるくせに、こういう時ばかり楽しそうに笑うのだから少しばかりむかっとくるものもある。

「腹でも減ったか」
「とっくにな」
「そうかそうか」

 ミントが自分の手で太ももをぽんと叩いて俺のことを呼ぶ。犬じゃねぇんだぞ、と思いつつもずるずるとベッドの上を移動するのは単に退屈だったからだ。

「もうすぐ終わるから待ってろ」
「ん」

 脚の上に顎を乗せて、そのままだらりとパソコンを覗き込む。何やら延々と長ったらしい文章が書いてあるが、今しがた打ち込まれているのは締めくくりの言葉だった。伸びていく文字列がやがてミントの名前で締めくくられる。

「今日は大人しいんだな」
「あ?」

 ボタンが押されて長ったらしい上に堅苦しい文章が送られていく。完了、の文字が出てミントがパソコンを閉じた。どうやら仕事は終わったらしく、パソコンをベッドサイドに置く。
 視界の端でそれを見てると頭に手が載せられる。おっさんの髪があれだけ寝癖だらけなんだから、きっと俺の髪も寝癖がひどいんだろう。治すように毛先に向かって撫で付けられるが、その手を追い払うことさえ面倒だ。甘んじてる俺に何を思ったのかおっさんがまた笑った。

「冷食でいいか?」
「ん…」
「ボロネーゼ」
「OK、許す」

 それはどうも。ミントが答える。そのくせ、動くつもりはまだないらしい。人の頭をいつまで触ってるつもりなのか。きっと気が済むまでだろう。

 おっさんのタトゥーはなにも背中だけじゃない。よーくみると、本当は顔にだって入れてある。普段は長い前髪をかけてなるべく隠してるみたいだが、目元に三つの点がある。見えたところで、変わった黒子かなにかにしか見えないが、じつは背中にあるものと同じ意味を持つものだと一度だけ聞いたことがあった。
 ますます一般人とは程遠いやつだなと思いながら、見上げる。両肩、鎖骨、胸元、腹……。大小さまざま、本当によくもまぁそんなに入れたものだと思うほどの痕、痕、痕。模様の隙間には相変わらず、変色した傷跡がいくつも見え隠れしている。

「まだ諦めてなかったのか?」
「べつに、おっさんほどじゃねーよ」
「俺のは違うと言ってるだろうが」
「そうかぁ?傍から見たらものすごいやんちゃしてたやつみてーだぜ、あんた」

 いや、実際そうだったんだろうけど。言わないでいると、違うんだがなぁ、とおっさんがぼやく声が聞こえた。違わないだろうとおもいつつ、まだ残されてる空白をみやる。

「……なぁおっさん、タトゥーもう増やさねぇの」

 は、と漏れた息が困惑していた。ちらっとおっさんをみると、きょとんと目を丸くしてる。珍しく本当に驚いてるみたいで、それがまた面白くて口元が弧を描く。

「今更か?」
「そ」
「馬鹿言うな、もう俺もいい歳なんだぞ」
「いつの間にか40だもんなぁ…」
「そういうお前も25か、でかくなったもんだな」

 よく俺の年齢なんか覚えてたな、と思いながら上を見上げてるのもだるくなって体を起こす。昔はおっさんのことはいっつも見上げていたのに今じゃ同じか、俺のほうが少しでかいくらいだ。本当にいつの間にか自分がでかくなってると思いながら、こっちを見てるおっさんにもたれかかる。

「タトゥー、増やさねぇの」
「急にどうしたんだ?」
「べつに……」

 おっさんがメガネも外して、パソコンの上に置く。フレームで隠れてたスリードットが見えた。

「……次入れるならさ、」

 ミントの左胸には何もない。他のところはそれこそあちこちに誰かがつけてった痕があるというのに、まるでそこには手をつけてはならないとばかりになにも描かれていない。

歪に残された空白が目に映って、おもわず、俺は考えてしまう。

「俺にいれさせて」

 だってそれ。あなたのお仲間があんたに刻みつけてったんだろ。
 ただ、面と向かってそんなことを言えるわけがなく、ぐっとその言葉を飲み込んだ。

「…………お前が?」

 話したことがあったか、とミントが言う。ちょっとは聞いたことがあったかもしれない。でもきっとずっと前だ。俺が覚えてないほどずっと前に教えてくれていたかもしれない。
 でもそうでなくたって俺はわかってた。そのタトゥーがてんでバラバラの癖を持ってることくらい知っていた。よく気がついたなとミントが、ちょっぴり困ったような顔で笑う。

 当たり前だろ。だってずっとあんたの背中を見てたから、わかるにきまってる。

「だめ?」
「…………気が向いたらな」

 ミントが俺の頭をぽんぽんと軽くたたくようになでてからベッドから足を下ろす。ようやく飯でも作ってくれるのだろう。支えがなくなって、もう一度のっそりとベッドに飛び込みながらミントを見上げる。

「大体痛いからやりたくないし、お前下手そうだからなぁ」
「ケチケチすんなよ不良おっさん」
「不良っていうのはお前みたいなのを言うもんだ」
「じゃあおっさんは?」
「あー……子育てに苦労してるふつうのおっさんだな」
「お前みたいなただのおっさんがいてたまるか」

 手元にあったクッションをぺいっと投げつける。ぼふ、と音がしたが、軽くおっさんの体に当たっただけらしい。ぽいと投げ返されたクッションを手にしたまま「いいだろ」と念を押す。

「そういうわがままはお前がもうちょっと大きくなったらな、ベリー?」

 おっさんが俺の頭をまた撫でる。それから本当に子供にするみたいに額に唇を寄せる。ちゅ、と似つかわしくないリップ音を響かせてからおっさんがシャツを羽織って部屋を出ていった。
 畜生、口元が笑ってたのは見えてるんだぞ。こういう時ばっかり子供扱いしやがって、このやろう。
 ああもう。むかつく!


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おっさんのタトゥーが他人によるもので、それがかつてに友人によるもので。
その友人たちがもうこの世にはいないし、お守りみたいなものになってるとして。あるいは呪いのようにまとわりついていたりして。
捨てきれないものに覆い尽くされてるなら美味しいなと思いつつ。
長いこと一緒にいるベリちゃんがちょっと羨ましがったりして、自分もミントから見て仲間として認めてもらえる土台にたちたいから、って俺にもやらせて、なんて言ってくれれば私は死ねます。
左胸は心臓のところだから誰も手をつけずに残していたりしてね。そこに刻んでってくれれば嬉しい。一生消えない証を。
…しかし本当にベリちゃんに甘いよなおっさん!この変態!

いや単にべりちゃんに甘えられたいだけで、タトゥーがりがり人に入れられてるのってエロくね!?っていう中の人の趣味爆発してるだけなんですけどね!
あとねこ氏が「ベリちゃん多分ミントのこと愛してるよ」って言ってたから尚更ね!こう…ね!
「俺だって」みたいなことしてもらいたかった!ベリちゃんかわいいから!ベリちゃん天使!悪魔だけど!天使!!!!

mae//tugi
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