目を合わせて///

迎えることしかしてやれない。

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 ベリアーが帰ってきた。

 長かった髪はばさりと切り落とされていて、思わずまじまじと見つめてしまう。ああ、もったいない。あんなに綺麗だったのに。何があったのかと聞こうとして、やめた。聞く必要がなかった。
 あまりこいつには似合わない匂いがした。錆び臭くて泥くさい匂い。よく知った匂いだ。
 それと、こいつによく似合うようにも思える香りも漂ってきた。何よりも甘ったるくて吐き気さえする、芳しい死の匂い。

「……おかえり、ベリアー」

 玄関先でぼけっとしたまま動かないベリアーを手招く。辛うじて焦点の戻った目が俺を見る。

「おかえり」

 いま、自分がどこにいるかわかってないのだろう。
 小さく動いた唇が「ミント?」とおれのことを確認する。

「あぁ、俺だよ」
「……そ、か。帰って……」

 帰ってこれたのかぁ。と、空気に溶けてしまうほど小さな声でベリアーが呟いた。ほう、と胸の奥底にわだかまっていたものを全て吐き出すように息をつこうとして、だがそれができないでいるようだった。
 動きそうにない、顔色のあまり良くないベリアーのために俺はソファを立つ。一歩。二歩。三歩。四歩。5歩。六歩。
 俺が目の前にたっても、ベリアーはやはりどこかぼんやりとした様子でこちらを見るだけ。
 仕方なしにベリアーの顔を覗き込む。俺を見ているのに、やはりその金の目は遠くを見ていた。

 それから、とても疲れた顔をしている。
 誰かの命を手にするのは、たしかに、それだけ疲弊するものだと俺は知っていた。もっと言ってしまえば、こいつよりも良く知ってることなどそういうことしかないのかもしれない。こいつはなんだかんだで頭は悪くないしな。…学のない俺とは違って。

 膝の裏に手を回して、一挙にその体を持ち上げる。大分こいつの背も伸びた。体重も増えた。その分の重さで抱えにくくはなったが……だがまだまだ、こいつは小さいままだ。
 案の定冷え切っている。俺の薄いシャツ越しに氷のように冷たい感覚が感じられた。そして距離が縮んだことで一層強く鼻をくすぐる、鉄錆の匂い。消しきれないその匂いがきっとベリアーを未だここへ返してはくれない。
 ああ忌々しい。この家に、この匂いは持ち込みたくはなかった。だが、仕方がない。今この匂いをまとっているのは俺ではないし…… それよりもベリアーだ。大丈夫だと分かっていても、それでも。放っておくなどということはできやしない。

 ベリアーを連れてリビングのソファへもどって座る。たった数歩の距離がやけに遠く感じる。俺の上に横抱きにしたままベリアーを座らせた。脱がせておこうとそのままの体勢で足をつかみブーツを脱がせる。ぽいとその場にブーツを捨てた。おとなしく膝の上に乗っているベリアーは未だ意識がこちらに帰って来ない。
 こちらを見るでもなく、宙を見たまま憔悴した様子のベリアーの頭をゆるく抱き寄せる。

「ベリアー」

ぽんとその背中を叩く。いつもなら。ベリアーの背を触れれば手に触れただろう髪は肩口あたりで途切れていた。よくみればがたがたの切り口で、明日にでも整えてやろうと思う。乱れがちな赤い髪をひとなでして、もう一度名前を呼ぶ。

「ベリアー、」

 ぽん、ぽん。二度、三度とあやしつけるように背を叩くうちにベリアーが縮こまるように身じろいだ。背を丸くするようにしながら、ベリアーのまだ小さい手が俺の背に回される。それでいい。それで。

「ベリアー」

 すぅ、とベリアーが息を吸う音がする。はぁ。息を吐く声。ぎゅうとシャツを掴む指先は少しばかり部屋の温度で温まってきた。

「……ミント」

 俯いていたベリアーが顔を上げる。その黄金の瞳に俺が写っている。そしてどんよりと落ち込んだようにも見える昏い影を見てしまう。だが、俺に出来るのは、そんなものを見なかったふりをしてやるくらい。

「…ただい、ま」

 おかえり。よく帰ってきてくれた。よく無事で。よく俺のもとに、帰ってきてくれた。おかえり、ベリー。
 そう答えるかわりに、ただ一言あぁ、と頷く。冷たい体はまだ冷えたままだし、きっと浴びてしまったんだろう血の匂いも消えてはくれない。俺が慣れてしまった匂いを纏ったベリアーを緩くだきかかえてながらいつものようにその額にキスを送る。

 それ以上お前が凍えないように。これ以上お前がこんなとこに慣れてしまわないように。せめて俺がいるうちは月並みな生活と月並みな幸せが生ぬるく続くように。
 明日は一緒にいよう。それくらいしか、俺にはしてやれないから。



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初めて人を殺したベリちゃんが意外と疲れてたりしたら。
命を背負う重さに少し戸惑ってたりしたら。
まぁかわいいですね。そうですね。わかります。
そんなベリちゃんをぎゅっと抱っこして抱きしめて、お前は帰ってきたんだぞ、と。
少なくとも俺がいるあいだは、俺がいるこの場所では俺が守ってやるからな、みたいな。
そんな悪食組いませんかね。

でもおっさんポンコツだから多分無理っしょ(ゲラゲラ

mae//tugi
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