診察室、くだらない話。///


 正義なんてばかばかしいとは思わないのか、と問われた。

「愛が報われるだなんて確証もなくて、ただ君だけの自己満足かもしれないだろう。信じた結果に裏切られることだってあるし、誰かを信じるなんていっそ馬鹿馬鹿しいのだと思わない?正義なんて、その最たるものじゃないのかい。君がどれだけ愛しても君が愛されるとは限らないのと同じように。そんなもののために命を捧げることがほんとうに、ほんとうに幸せにつながっているとでも思っているのかい?」

 本当は、わかってるんじゃないのか。
 その犠牲はどこまで行っても悲劇の犠牲にしかなれないことも、君がそんなことを続けてもただ命をすり減らして死へ向かうだろうことも、それで得られる愛なんて、君がほんとうに欲しいものじゃないことも。

「うん。本当は、わかってるよ」

 診察が終わり、脱いでいたシャツを着ながらお得意の困り顔でもみじが笑った。

「傷はふさがってる。だけど、当面は余計なことするなよ。すぐ開いちゃうから」
「はぁい」
「わかってる? まぁ君のことだから、どうせまたすぐ矢面に飛び出して傷増やして死にかけて帰ってくるんだろうけど」
「やだなぁ、蛇喰先生。僕の仕事は裏方だって言ってるじゃん」
「裏方かっこわらい、でしょ〜 諜報活動だっけ?」
「あはは、先生どこで知ったのそれ?」
「耳ざとい友人は持つべきものの一つってことさ」
「ふぅん… ま、いいけど」

 きゅっと瞳孔の開いた目。医者と患者という関係のわりに、いつもこの二人は互いに警戒を緩めない。むしろそういう関係だからこそ、互いになにかが暴露されてしまうことを恐れていたのかもしれない。
 看護師は居心地が悪そうにしながら部屋を出て行った。

「で、どうしたの先生。やけに機嫌が悪いみたいだけど」
「いーや、機嫌はいいさ。むしろね」

 ふうん。もみじがまた興味がなさそうにしながら、ボタンをとめていく。

「だとしても、僕は先生みたいにはならないよ」

 ちらりとも蛇喰のことを見ることなくもみじが言った。

「あなたとは、根本が違う。ぼくはあなたと同じ場所には、行かない。絶対に。そういえば貴方は絶対なんか存在しないというのだろうけど、確証があるよ。真逆といっていい。僕と、貴方の正義はそういうものでしょ?」
「君は守れないような約束をすぐにする。あぁ、そうだね。俺と君じゃ全く違う」
「そう、違うんだよ。だから、貴方には一生、僕のことはわからない」

 するりとベストを羽織ってしまえば、すっかりと見た目ばかりはいつもどおりだ。身体に最近出来たばかりの傷があろうとなかろうと、見た目を繕うのは難しくはない。表情を、感情を隠してしまうことよりはよほど。
 それさえもできてしまうのだ、とこの二人は互いをじっとりと睨め付け合っているわけだが。

「貴方は愛を知ることがない」
「なら、君は愛を手にすることができない」

 そうかもね。もみじが笑った。

「それでもぼくは愛し続けるよ。僕は愛された。母に。父に。姉に。兄に。弟に。妹に。家族に。友人に。仲間に。愛された。愛されていると信じてる。すくなくとも、信じようとしている。この僕が愛されてることを信じられるようにしてくれたのは、ほかでもない、僕に愛をくれた人たちだ。それに、応えたいんだ。ただそれだけのことなんだ」
「偽善者」
「かもね」
「お前のそれは、ただの誇大妄想じゃないのか? お前が応えられることなんか一つもないんじゃないの。ただのメサイア・コンプレックスだろ。それで? 愛には愛を、って、この世の人間に次々愛をあげようっていうのかい? 救世主になろうってかい?」
「まさか。僕が何もできない人間だっていうのはあなたが一番知ってるでしょ」

 こん、と扉が叩かれた。外にいた看護師が次が使えていると忠告してくれたのだ。ふと、もやがかるように詰まっていた空気が霧散する。はぁい、と間の抜けた声で返事をしてもみじはかごにいれていたかばんを取った。

「ねぇ、本当は貴方だってわかってるんでしょ?」

 いい加減、認めたら。もみじが目元を細めるも、その目はこれっぽっちも笑っちゃいなかった。むしろ、害虫を見る目のようにどこまでも冷ややかな目。
 蔑みの視線を受けても蛇喰はこれっぽっちも怯むことはない。そんな視線を受けることになれているのだ。

「さぁ、」

 なんのことかな。蛇喰は今日もとぼけた顔で患者を一人見送った。扉はとうにしまっていた。

mae//tugi
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