アウラナイトの角が折れる話。///

 ぱきっ。聞き慣れた音がした。いつものことだ。気にせず進む。びりっ。いつもの音がした。対した害はない。そのまま進む。さしゅっ。これもまた聞き慣れた音だ。やはり、気にすることは無い。
 軽度な骨折なら数える必要もない。皮膚の表面が裂けることなどその数倍。少し表面に血がにじむ程度のものは「傷」とは呼ばない。気にするだけもはや無駄で、彼女の手を煩わせるのであればもう少し仰々しい怪我にしてほしいのだ。どうせ、すぐ治るのだから。

 犬型の魔物の大口が見える。咄嗟に片腕を差し出し、噛みつかせる。牙がめりめりと肉を割き、突き立てられる爪が皮膚を破っていく。ぶしゅ、と音を立てて引き裂かれた腕から血が噴き出し、ぼだぼだと床にぬめりを作っていく。よく噛みつけ、深く食いつけ。そう思いながらぐっとさらに腕に力を込めた。
「斬れ!」
「了解っ…… ハッ!」
 牙が抜かれるより先に竜騎士がその首を断つ。槍の刃先がしゃんと空気を割き、食いついていた牙から抵抗が抜けていく。だらりとぶらさがる首をわしづかみにし、新たに襲い掛かろうとしている敵の顔面へと投げつけた。犬の首からまき散らされる血液がいい目つぶしになったのか、野盗のような姿の男たちが一瞬ひるんだ。シールドを投げて気を引く隙に竜騎士が間合いを詰め切り伏せる。我々が咄嗟に離れた一瞬で、赤魔導士の魔術がもう一人を貫いていった。
 ずしゃりと崩れていく男たちの後に、襲い掛かってくるものはいなかった。ぬるりとした感触が額から垂れ、そこでようやく顔面に怪我をしていたことに気が付いた。
 「……あっ」
 「……? どうしましたか、白さん」
 ヒーラーである白魔導士。俺のパートナーであり、昔から連れ立っている…… 先輩のような存在だ。彼女が驚いたような顔をしてこちらを見て、それから慌てて術の詠唱を飛ばし飛ばしに行い迅速に回復魔法を行使する。いつもの冷静さとはかけ離れているその様子に不思議に思っていると、傍らに立っていた竜騎士も「あっ!」と大きな声を上げた。
「角っ!」
「……つの?」
「ほんとだ……」
 それぞれの目がこちらを向いている。そしてそれぞれが角が、と口にした。もしやと思いつつも自分の聴覚器官の一部である角に触ろうとして、その手が空を切った。あぁ。やはりな、と思いながら何度か顔の側面を撫でる。どうやら、何かしらの攻撃を防ぎきれずに角が砕けていたようだ。
「あぁ…… 砕けたか。多少の衝撃なら防げるから重宝しているのだが……」
「防げてないだろう。顔、よく見せろ」
「はい」
「それ、大丈夫なんですか?」
「あぁ、問題ない。しばらくすれば戻る。聞こえもあまり変わらないからな。支障もない」
 竜騎士に答えながらも、治療担当である白魔導士に「座れ」と厳しい声で言われ、膝をつく。足の怪我に気を付けながら彼女の小さな体が顔に近づき、やはりこれまた険しい顔つきで顔の怪我を確認されていく。
 服の下も軽く覗かれながら、打撲から刀傷、骨折と内臓を確認していく様子はもはや医者のようだ。そして、彼女の目からして有り余ると判断されれば、即座に回復魔法が唱えられていく。治療を受けて、体のどことないけだるさが痛みだったことに気が付いた。軽くなった体を確かめるように動かし礼を言えば、彼女に軽く頬をたたかれる。ぺちり。小さく小さく音がした。
「あまり無茶をするな」
「俺の役割ですので」
 そう答えれば、もう一度彼女にぺちりと頬をたたかれる。痛くもないその手の平に何度救われたか。
 「それに、白さんが治してくれますし…… 二人が倒してくれますから」
 だから、平気だし助かっている。
 感謝のつもりでそう口にしたというのに、白魔導士に相変わらず頬を叩かれた。赤魔導士には呆れた顔をされ、竜騎士には肩をすくめられる。「まぁ、ナイトさんですから」という言葉に納得がいかなかったが、そう言える空気ではなかったので、俺はじっとこらえるのだった。

2020.11.09 一部修正

mae//tugi
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