上司のはなし。///

 私は、部下に抱かれている。

 きっかけは覚えていない。離婚したとはいえ妻もいたし、自分が男に抱かれるようになるとは思ってもいなかった。最初に男に抱かれたのがいつの、誰が相手だったのかさえ実は覚えていない。成り行きで誰かに抱かれたことがあったのは覚えていた。もう、それさえ大分昔のことで。思ったよりも抵抗感がなかったことは知っていた。
 ただ、体格が良くあまり表情の変わらない私のことを組み強いて犯すというのは、みな、存外気に入っていたようだった。

 部下になる彼に抱かれたのは偶然だった。ちょうど妻と別れ、独り身に戻ったやるせなさや寂しさから散々酒を飲んだのは覚えている。酔っても面白味がないことは自覚してるが、それでも判断力は鈍る。ぼんやりとしてるうちに、声をかけられた、のだと思う。そして、気がつけばベッドに沈められていた。

「…まさか、貴方みたいな人がネコなんてね」
「不満、だろうか」
「いいえ? …楽しそうだと思いまして」

 お互いのことは何も知らなかった。するりと服を脱がされながらぼんやりとした頭に快楽を与えてくれるなら、それが誰でもよかった。ただ、偶然、彼だっただけで。
 倦怠感に苛まれながら目を覚ました頃には、彼の姿はなく。面倒もなくさっぱりとしていてありがたく思いながら私も家へ戻ったのを覚えている。
 そして職場で、彼に会った。一瞬、互いに硬直はあったがすぐに切り替え、さも初対面のふりを装った。それくらいのことは、私も彼もすんなりとできるくらいには大人だったのだろう。

「本日からお世話になります」
「……あぁ、よろしく」

 名前も知らず、どこの誰かも知らず。跡も残さずに一夜を共にした相手は、そうして私の部下になった。あの夜のことは互いに口にしまいと、目線だけは雄弁だった。

「…まさか、貴方が上司になるとは」
「君が私の部下とはね」
「昼間はあんなに澄ました顔をして… 今日は、どうしてほしいんですか?」
「…… なんでもいい、君の好きにしてくれ」

 そしてまた、私は彼に抱かれる。相性というのはわからないが、私が社内でも外でもあまり喋る方ではないこと。彼以外に体の関係を持つ相手がいないこと。そういったリスクが低い点は好ましかったのだろう。
 事実、体だけの関係と割りきっていたし、朝になれば私の方が先に帰ることもあったくらいだ。そして社内であえば、いつもどおり。

 町中で、何度か彼が違う相手といる姿を見た。プライベートではさっぱり人付き合いの下手な私とは違って、愛想もよく爽やかさのある彼は複数の相手と上手いこと関係を保てる。自分にはない社交性の高さに素直に感心しながら、せめて負担にはなりたくないものだとうすらと思っていた。
 いずれ、こんな関係も終わるだろうと、聞き分けがいい振りをずっと続けながら。




 見合いが終わり家に帰った。相手の女性は可愛らしい人物で、お互いにどこか諦めた顔でおなじ部屋にいた。話もそれなりに続いたし、楽しくない訳でもなかった。どうせ、回りから再婚させられるのならもはや誰でもいいと思いながらも、気がつけば断りを口にしていた。
 「断られたのはそちらなのに、驚いた顔をするなんて、ふふ、面白い人ですね」と、笑う彼女の顔は印象的だった。せめて友人としてよきお付き合いを、と互いの連絡先は交換したが、彼女もまた私と婚約するつもりはないとはっきりと口にした。

 家に帰り、すぐさまに身を清めて再び家を出た。見合いをし、女性と再婚することを考えながら、しかし思い浮かんでいたのは彼のことばかり。我ながら気持ち悪いなと自嘲しながらも、気がつけば最近通うようになった彼の家に辿り着いていた。
 それなりに仕立てられたスーツ姿の私を見ながら、現れた彼は唖然とし言葉を失っていた。いつもいつも私ばかりが彼にいいようにされてばかりで、たまには仕返しの一つにでもなっただろうかと、子供じみたことを考えてしまった。
 「なぜ」と口にしながら見上げる姿を見ながら「君にこの姿を見せたかった、会いたかった」などと、そう口にする私の、なんと愚かしい様だろうか。

 決して約束をしたわけではなかった。お互いに体だけの関係で割り切っていた。私も、彼も分別のある大人だから、暗黙の了解として一線を引いていた。だから、これは。

「……いい。私が、おかしいだけなんだ」

 ただ、私がのめりこんだだけのこと。君が、そうではないと知っていて、一方的にのめり込んでしまっただけのこと。
 それを彼に強要するつもりはなかった。空虚な気持ちにだけなりたくはなくて、私にとっても都合のいい体温を彼に求めてしまっただけのこと。

「…だから、君はただ、私のことを抱いてくれればいい」

 スーツを乱してくれ。君の好きにしてくれればいい。抱いてくれるのなら、そこに何の感情も持たなくていい。ただ、もし許されるなら、こんな男のことはいっそ厭ってくれればとも思う。うっかりと熱を上げてしまったらしい、こんな男のことなど。
 今日もベッドに沈み込む。我ながら浅ましく視線を送り、彼の指先を柔く食んで。私は、君に抱かれながら、そして心の中で愚かしく願うのだ。「君に愛されたい」と。

mae//tugi
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