「いない」///

 朝、すでに部屋に彼はいなかった。どこかへ出掛けたのだろうと納得をし、しばらく皆で待ったが帰ってこなかった。試しにリンクパールで呼び掛けても返事がなく、これはいよいよおかしいと皆で彼のことを探した。
 家の回りに痕跡はなかった。部屋はもぬけの殻。ベッドは整えられていて、いつもより片付いているほどだ。書き置きなどがあるわけでもなく、何処へいったのか手がかりはつかめない。ふと、竜騎士がベッドサイドの本を手に取った。
 本は、旅のはなしが書かれた夢物語。遠く海の向こうの世界からつづく、誰も見たことのない理想の世界の話。楽園はたどり着いた人々が、そこで楽園を見つめる荒唐無稽な物語がそこに記されていた。
「なにか手がかりはあったか? こっちはダメだ、相変わらず連絡もつかない」
「…こちらも同じです。ただ、この本を読んでいたみたいで」
「…ふむ… 旅のはなし… いや、これは…」
「あの人に限って、そんなこと…」
 その言葉を最後に、部屋は静まり返った。沈みこむような静さだった。

= = = =

「見つけた…!」
「… 竜騎士」
 結局、彼は見つかった。
 「景色のいい楽園みたいな場所なら、あの人は何ヵ所も知ってたから。だから、何処かにいるかも」とガンブレイカーの後輩が飛び出していったのを契機に、白魔導士は迷子癖のある彼を追いかけていき、竜騎士もまた自身に思い当たる場所を転々と探したのだ。

 常春の夢の楽園。極彩色の花々がどこからかそよぐ風に揺られ、花びらを舞わせている、美しい妖精の楽園の、その端にぼんやりと彼は立っていた。この場所にはあまり似つかわしくない黒い鱗と角に、同じように黒々とした装いの男だから、竜騎士にはすぐ見つけられた。
「急にいなくなるなんて… 貴方らしくもない、どうしたんですか、一体」
 せめて行き先のひとつでも教えてくれれば、と抗議の意味を込めて竜騎士がその横に立つが、彼は視線を向けることもなかった。
 ただ、小さく「…なにとなく、全て投げ出したくなった」と答える声が聞こえた。それきり、また沈黙する。
 その言葉に、なんと答えればいいのか。竜騎士は言葉につまりながら驚愕にも近い心持ちでいた。自然と視線は下を向く。
「…よく、こんなところまで探しに来れたな」
 その言葉に改めて視線を上げると、彼の種族特有の光輪が輝く赤い目が竜騎士を見ていた。決して非難してるわけではなく、ただ意外そうな、不思議そうな顔をしていると竜騎士には見えた。
「…本が、あったので」
 なんと答えるのが正しいのか解らず、ただ竜騎士はそう答えた。
「あぁ… 借りた本だった、そういえば」
「帰りましょう、返さないと」
「……それもそうだなぁ…」
 帰りましょう、ともう一度声をかけるとふっと口許を緩めて「わかった、帰ろう」と彼が答えた。その言葉に言い表せぬ安堵を覚えながら、次からはちゃんと行き先を伝えるようにと竜騎士は念を押す。わかったわかったと軽い調子で返事をひとつ。ついでに「土産でも買っていくか」などと言いながら、のんびりとした歩調で丘を降りていった。

 竜騎士は丘を下る後ろ姿を見ながら、思う。彼は、どこに旅立とうとしていたのか。武器のひとつも持たないで、楽園の端に佇んで。それで何処に行こうとしていたのだろうか、と。
 考えても仕方がないと首を降り、竜騎士はリンクパールに発見の一報をいれる。そして、こちらを振り返り待つ男へと走り寄っていくのを、妖精たちだけが見ていた。

mae//tugi
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