「しんぷさまぁー」
「…また来たんですか…」
「…来ちゃった☆」
「来ちゃった、じゃないですよ全く…」

へらぁっと締まりなく笑うイドルに、はぁ、とため息を一つ。
ちゃっかりとすぐ隣にぴったりと座ってくるのにも、再びのため息。
それから、そういえば、と前々から思っていた疑問を一つ投げかける。

「そういやイドルさん。前々から一度気になっていたんですけど…」
「ん?なになに?」
「イドルさん、私のことなんて呼んでます?」
「?…神父様?」
「じゃあ、指桐さんのことは?」
「指ちゃん」
「黒田さんは?」
「黒ぽん?」
「光成さんは?」
「みっつん」
「…で、私は?」
「し、神父様…だけど…」

一通り、呼び名の確認をしてから、ふむ、と一度考え込むようにして動きを止める。
矢継ぎ早にテンポよく答えたイドルはといえば、一体なんなんだと笑顔が硬直しているうえに、なんだか嫌な予感とばかりに冷や汗がダラダラだ。
ぱっと顔を上げた信紅がまじまじとイドルを見つめて、再び口を開いた。

「なんで私は役職名なんですか?」
「えっ」

聞かれてからイドルはびたぁっと大げさなまでに肩を揺らしてから動作を停止させてしまった。
そういえば、とぽろっと口からこぼしながら、冷や汗の量がだんだんと増えて、挙句の果てに目が泳ぎだしたころ、そのあまりの動揺っぷりに、誰かがくっと耐え切れず吹き出した。
えーっと、えーっと、と頭を抱えながら唸っているイドルのすぐそばに明一郎がくつくつと笑いながら立っていたのだ。
イドルはじとりと一度それを睨んだが、すぐにいないものと扱いだした。
明一郎が一瞬妙な表情をしたことをここに記す。

「痛いところをつかれたんじゃないか、イドル」
「しっしっどっかいけ」
「私が代わりに答えてやろうか?」
「余計なこと言わなくていいからーーー!!!」
「そうかそうか、そんなに答えて欲しむがっ」
「言わなくていいっていってるでしょー!?耳遠いわけ!?」
「ひゃふぇろ!ふぉふぉをひっふぁるふぁ!!」
「ぎゃははは!黒ぽん何言ってるかさっぱりわかんねーー!!」

にたにたといつもの悪巧みを考えてますよーと言わんばかりの笑顔で信紅に何か言おうとしたところで、ぬっとイドルがいつもより機敏な動きでその顔面をがっと掴んだ。
そのまま両の頬を掴んでは力任せに引っ張る。
そのままの状態でやめろと叫ぶ明一郎だが、まぁ、当然何を言ってるかさっぱりだ。
イドルは涙が浮かぶほど大笑い。これまたいつの間にかいた光成がかしゃりとその様子を写真に収め、一斉送信であちこちへと転送していた。

「…それで、理由あるんですかね」
「えぇ。ああ見えて、意外とシャイなんですよアレ。」
「はぁ」

妙に可愛らしい着信音がして、光成が素早くメールを返信する。数秒とせず、また違う着信音がし、それにもかこかこと素早く文章を打った。誰ですか、と興味本位で聞けば、中田さんと指桐さんですよ、としれっと答えるものだから、彼の父親も全くもって報われない。
ほら見てくださいよ!といつになく明るい光成の携帯を覗き込めば、噴出さざるを得ないような明一郎のアホヅラが綺麗に写っていた。

「ぐっ……これは…」
「はーこのままほかの知り合いにも送っておきましょうかね。はっはー!」
「…ご愁傷様です。…で?」
「…あぁ、いや、そのまんまですよ。シャイなもんで、人の名前を呼ぶのが恥ずかしいらしいですよ。」
「なる…ほど」

思ってもみなかった事実にひくりと頬が動いたのも仕方がないことだろう。当の本人はといえば、相変わらず明一郎の髪をグシャグシャにしながらいつもの仕返しとばかりに強制的に変顔をさせては品もなにもあったもんじゃない大笑いを続けている。その様子を煽るようにして光成がばしゃばしゃとカメラに納めては誰かに送りつけていく。明一郎の目がだんだんと座ってきているのは気のせいではないだろう。これは、また今夜彼ら二人は死ぬんじゃなかろうか。

「イドルさん、光成さん、その程度にしておいたほうが…」
「っはー…しょうがないなー!神父様がそう言うなら!やめてあげようじゃないか!感謝しろよ!」
「そうですよ、父上。やめて差し上げる心優しき我々に感謝するべきです。」
「偶像、愚息。仲良くバラされてミンチになりたいか」
「あ、やだマジギレ五秒前。」
「お父様、ご覧ください、こちらが現在あなた様のご尊顔を拝見して、珍しく楽しそうに笑っておられる中田さんと指桐さんの様子にございます」
「ちなみに私がこっそりと設置させていただいた最高品質高画質リアルタイム配信型にございます。どうぞお心をお沈めください」
「……中田くんまじエンジェル。あとで録画して送ってくれ」
「お任せを。イドル」
「朝飯前!」
「(…神さまって…なんだっけなぁ…)」

やれやれ、とテーブルの上のにある紅茶をこくりと飲む。話は変わるが、いつぞやに主夫向け改造をされて以来というもの、イドルの給仕スキルはうなぎのぼりである。いま信紅が飲んでいる紅茶も、テーブルの上に置かれているクッキーやパウンドも、いまはちょうど明一郎にふざけた態度で頭を下げているイドルが作ったものだ。とても信じがたいことに。
イドルと光成とでうまいこと言いくるめたようで、明一郎が先ほど発していた禍々しい怒気はなりを潜めている。それどころか、にこやかにどこかへと足早に去っていったではないか。大方、自宅に帰るのだろうが、まぁ、触らぬ神になんとやらだ。あ、そういえば本当に神様でした。かっこわらい。

「はー怖かった。」
「ですねー、あ、ほら見てくださいイドル。クソワロな写真結構撮れましたよ。」
「まじか。ナイスみっつん。永久保存しちゃろ。ついでに拡散してやろう。はっはっは」
「流石!」
「あなたたち本当に神様ですか」

陰湿すぎてうっかり突っ込みたくもなる。けたけたと楽しそうに笑いながら、続いて光成も立ち去く。なんというか、嵐でも過ぎ去ったかのような賑やかさだったなぁ、と信紅は空になったカップを戻した。テーブルに戻されたカップになんてこともなさそうに紅茶を注ぐイドルにまた少々しょっぱい顔をしてしまったのは仕方がないことだろう。というか、この様子だと本人は無自覚かもしれない。

「…話を戻しても?」
「うぇ、何の話してたっけ。紅茶が美味しいって?」
「あぁ、確かにこれは美味しいですよ。クッキーもあなたが作ったとは思えません」
「照れるなぁ」
「でも違います。名前の話ですよ、名前の。」
「…あ、あー…」

淹れたての紅茶とそれに合うように作られたケーキを一口頬張り、これも美味しいですね、と言えば、嬉しそうにはにかみながら、言葉を濁す。ねぇ、この人本当に神さまなんですか以下略。

「そのー…」
「…イドルさんがシャイだっていうのは聞きましたよ」
「シャイ!?私が!?」

がん、とショックと言わんばかりの顔に、くっと吹き出しそうになるのをこらえる。うぬぬ、と小さく唸りながらまたしても目が泳ぎだしたイドルがぼそりと呟いた。

「……そ、そうだよ…なんか、人の名前呼ぶの恥ずかしいっていうか…慣れないっていうか…」
「慣れたらいいのでは?何かと不便かと思いますけど」
「…うぅん…わ、わかってはいるんだけどさぁ…」

そう上手くもいかなくてねー、と自嘲気味に言いながら、自分にもこぽこぽと紅茶を注ぎ、ぐーっと飲み干していく。先ほど散々遊んだので喉が渇いたのだろう。もっとも、彼の喉が乾くかどうかはよくわかってはいない。…そもそもそれを言い出したら、飲食が可能なのかという疑問も湧いてくるので、深くは気にしない方がいいのだろう。
そんなイドルの様子をじっと見ていると、面白いことに百面相した挙句、泳いでいた視線が信紅の方を向いた。ぱくぱくと一二回ほど口を動かしては、声にならない声に戸惑っているようにも見える。
それからすっと、意を消しったように息を吸い、ぎこちなくぎこちなく声を発した。

「し、しし、」
「…」
「ししししししにょっ…」

と、そこまで振り絞ってからぴたりと沈黙した。噛んだ。おしい。
うぁ、と情けない声を上げて、片手で口元を覆う。
そのまま視線を下げたままの赤い顔でぼそりと、「…かっ、柏手っさん……!」と彼なりの妥協案をつぶやいたのだった。
かぁとさらに顔を赤くしながら、恐る恐るとこちらへと視線を投げかけてくる。

「…まぁ、いいんじゃないですか…」
「うぅ…か、かかっ柏手さん……う、うぅう…やっぱりむり…っ!」

きゃー、とお前は乙女か、と突っ込みたくなるような反応をするイドルにやや白々し目線を送りながら、くつくつと信紅は笑った。
そんな相変わらず賑やかなある日の午後のこと。







***
イドルってシャイなんだーと書きながら初めて知った。

mae//tugi
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