唐突なことだった。
不本意ながらも慣れてしまったいつものこと。その日もいつものようにイドルはどこからともなくやってきた。

「……」
「…………あ、あの…?」
「……」
「……イドルさん?」

ただ、いくらか普段と違うこともあった。
まず一つ目に、笑っていなかった。すごく真剣な目をしていて、それは何か考えているようにも見える。いつもはおはよう、などと言いながらにやにやと表現するにふさわしい笑みを浮かべているというのに、だ。うむ。普段の表情と今の表情を比べると、普段の方が幾分親しみ深い気がする。この表情はだめだ。なんというか、威圧感と緊張感が割と重苦しい。
それから二つ目。近い。非常に近い。いつもよりぶっきらぼうにおはよ、と言いながら、速度を緩めることもなく、すたすたすたと目の前にやってきたのだ。それこそ吐息がかかるくらい近くにずいっと。かといって何かしてくるわけでもない。あまりに自然に近づいてくるので、後ずさることもできなかった。
かれこれ数十分たったかのように思える。実際にはそんなに経ってないだろうが、このわけのわからない状況に時間が長く感じられるのだ。至近距離でじっと見つめられるだけ、というのもなかなか精神に堪えるものがある。人の顔をそんなに熱心に見つめてなんなんだろうか。いい加減怒ってもいいんだろうか…などと信紅が考えているうちに、ようやくイドルが動いた。

「……」
「…っく、ふくく…ぶふふ…」

ひとしきり人の顔を見たと思えば、今度は急に笑い出す。一体どうなってるのか。それも、堪えようとして失敗してるため変な笑い方をしているのが一層気味が悪い。なんだこの人、と信紅が少々引き気味になっていると、「神父様」と声をかけられる。

「なんですか…」
「くくっ、んーん、なんでもないよ」
「なんでもないんですか」
「うん、そう。」
「……はぁ」

だったらあの妙に真剣な顔はなんだったんだと聞きたくなる。くつくつと笑っていたイドルを見れば、ある程度発作が収まったようで、はー、と息をついていた。口を開いた瞬間、ちょうど同じタイミングでイドルがこちらに目をキョロりと動かした。どうでもいいが結構つり目なんだよなぁ、とその目を見ていると、中途半端に笑っていたイドルの表情が、また動いた。口元に小さく笑みを浮かべたまま、へにゃりと眉を下げながら目を細めて。

「んふふ、神父様、どうかした?」
「……いえ。」

さも愛おしいとばかりの顔で、笑っているその人が、いつになく、そう、幸せそうに見えたのだ。


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いきなり真顔イドルが距離詰めてきたら怖いと思います。

mae//tugi
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