友人にも乏しい俺にも、特に長い間親しくしていた友人がいた。
大天狗たる俺は他の妖怪よりも力が強く、寿命も長い。
それに引けをとらないほど力があり、長くいき続けていたヤツだ。
樹木神、とだけ呼ばれていた。
それ以外に名前さえも持ってはいなかった。
しかし、その知識だけは俺の居た山では一番といえただろう。
長く生き続けた末に力を得たのか、力を得たから長くいきたのか。
本人さえもわからないと言ったことに答えは無いが、とにかく長生きだった。
だからこそ、森羅万象あらゆることを、といっても過言ではないほど物知りだった。

長くともにいた気がする。
動くことを知らぬ賢人のために、俺が身を挺したこともあった。
俺が悩むことに彼が答えたこともあった。
その頭の上に住み着くようになっても変わることは無かった。
ゆぅるりと時間がすぎるだけだったが、それにも変化は訪れる。


「随分と迂闊なことぉ、したんだなぁ」
「迂闊ぅ?俺様が?」
「いやぁ、それとも…慢心とでもぉ、言うべきかぁ?」
「っけ、この地獄耳」
「風は従順でぇ…いいぃ、もんじゃないかぁ…」
「はいはい」

くらくらと頭が揺れる。
運がないのか、なんなのか。
その日は面倒ごとがいくつか重なったのだ。

「お前でもぉ」
「…あん?」
「お前でもぉ、女に惚れることがぁ、あるんだなぁ」
「……惚れる?」
「違うのかぁ」
「…惚れる、ねぇ…」

左半面はいまだじくりと痛みを訴えるが、血は大分止まりかけていた。
跡が残るだろう、これだけの傷だ。
それだけでない。喜烏の姿は満身創痍と言ってもいい。
何があったのかなどとあまり語る必要はないだろう。

「喜烏?」
「…はっ」

喜烏は嗤った。

ふと自分が今回に限って何も考えていなかったことを思い出した。
いつもならば大事の前はざっくりとでも道筋を立てていた。
それが無駄かもしれなくとも、自分の立てた道筋どおりに人が動く様は愉快としかいえなかったからだ。だからこそ、喜烏は悪事を働くときにはその末路さえ時として用意しているのが常だったのだ。
しかし今回に限って、どういうわけかそれをしなかった。
この無様としか言いようの無い傷だらけの体を思えば、しくじったとしか言いようが無かった。

「あの女」

普通に考えればありえないのだ。
喜烏のような者がああも簡単に墜ちるということは。
自分の失態というには余りにも異常としか言えないその事実に、吐き気がする。
笑顔の仮面ばかりの男がその表情を変えたのは、相当久しいことだった。
傷口を強く抑えながら、その胸中はその無表情に見える顔とは違って途方も無いほど暗く暗く渦巻いていた。腹立たしい、悔しい、そんな負の感情ばかりがずるずると。

「忌々しい」

あの女にさえあわなきゃ、こんな目には合わなかったのに。
こんな失態は侵さなかったのに。
こんな無様な姿はさらさなかった。
あの犬っころに怪我を負わされるようなことも無かった。



プライドが高いのは樹も知っていた。
ずっとずっと、昔から知っていた。
だからこそ、樹には天狗の気持ちが手に取るように分かる。
あんなに甘ったるい感情を抱いていたはずが、一瞬で全てが裏返ったことを。
それがどうしてなのかは分からない…天狗には。
しかし、樹には分かっていた。

「これから面倒だなぁ」
「なぁにがよ」
「いいやぁ、なんでもないぃ」


この天狗にその気持ちについて教えていくのは骨が折れると、樹がため息をついた。


樹はひとつ思い違いをしていた。
天狗は本当に、恨みを抱いていたということを。



それから十数年。
天狗は恨みつらみを忘れることは無かった。
しかしうっかり遠巻きに目が合うたびに威嚇しあうような二人は、天敵同士というよりかはじゃれあってるようにしか樹には見えなかったことだろう。

さらに十数年。
天狗は笑い話にするようになった。
うっかり会ってもお互いに憎まれ口をたたきあうような二人は、仲のよい友人同士にしか樹には見えなかったことだろう。

さらに十数年。
女を覚えているのは怨みだけというわけではなかった。
いつからか山の上からぼんやりと見守るだけになった天狗の背中がどこか寂しそうに樹には見えていたことだろう。

さらに十数年。
かといって恋心なんて清い心を持つような天狗ではない。
仲の良かった友人が一人いなくなって、傷を持つ前に戻っただけだと笑う天狗のそれが樹には虚勢にしか見えなかったことだろう。

さらに十数年。
いよいよ天狗も諦めがついた。
はるかに早く老いていく人を見て後悔してももう遅いとはっとした様子で思い出した天狗の姿が樹には哀れに見えたことだろう。

さらに十数年。
やっとその日、見送った。
意地っぱりな子供が二人。
いつも喧嘩ばかりだったが、この日終わった。





ほんとのきもち




愛してた?
憎んでた?
大切だった?
邪魔だった?

たぶん、ぜんぶかな。




愛情と憎悪が紙一重で、両方抱きあった二人とそれを見届けた樹。

mae//tugi
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