思えば、その日は朝から不幸続きだった気がする。例えば、朝の占いは最下位だったり、朝食は焦げたし、にわか雨に降られたり、ラブが調子を崩したり。だからきっと、厄介なやつにあってしまったのも仕方が無いのだろう。

どうして、この男が居場所を突き止められたのかはわからない。薄暗いビルの谷間。アタッシュケースを持つ自分の前に、その男は姿を表した。

「はじめまーして。君が野間くん?」

何処かで見た顔だった。いたって普通の人相で、ともすれば自分には無縁そうにさえ見える。にこにこと笑うその山吹色の目だけが、ただならぬ色をともしていた。

「あぁ?誰だてめぇ」
「ん?山吹悠里っていうんだけど、知らない?」
「山吹…?」
「そそ。マスターのお兄ちゃんって言えばわかる?」
「げぇ…」

軽く世間話でもするかのように、男は言う。マスターといえば、自分からしたら大家その人である。その大家も、普通かと言われたら少々変わった人物であり、その兄と名乗る男の狂気じみた視線にデジャヴを感じた。

「そのマスターの兄がなんの用だよ」
「ちょーっとお願いがあってさぁ。」
「ストーカー野郎のちょっとしたお願いを聞けって?」
「あらら、ひどい言われようだねー…」

笑顔を崩さないもま、山吹が肩を竦めた。妙にアンバランスにうつるその行動に身構えてしまう。残念、などといいながらも、どうみても、企みがあるようにしか見えなかった。厄介ごとは御免だ、と野間の胸中は穏やかではない。

「マスターもうんざりしてたしな…断らせて」
「じゃあ、ちょーっとタレコミしてくるね?」
「は?」

足早に立ち去る算段だったが、山吹がひらりと取り出した写真にぎくりと肩が強張った。にたにた口元を歪め、悪巧みが成功した子供のように、山吹が目を細める。

「偶然、こんな写真撮れちゃってさぁー!」
「…」

白々しい!と悪態のひとつでもつきたいのをどうにかこらえる。写真には、紛れもなく自分と、柄にもなく可愛がっている妹的な存在の姿があった。それも、後ろめたいとある現場の。

「ところで…」
「…なんだ」
「この子、変わってるねぇ?腕にあるのは翼かい?知り合いが喜びそうな見た目だなぁって思ってね」
「……」
「そんなに睨まないでよ、怖いなあ!」

遠回しにもならない遠回しで、山吹は言う。つまり、それは…脅しなのだろう。それも、かなりたちの悪い内容の。ぎちりと噛み締めた奥歯が音を立てる。そんな野間の様子など御構い無しに、歌う様に朗らかな声で山吹は続ける。

「あぁ、それで、お願いなんだけど……ん〜」


あの子が欲しい。
あの子が欲しい。
あの子が欲しい!


「なぁんてね。」

いっそ不気味な声に、いますぐにでもこの場から離れたく思った。だが、そうもいかない。早くいなくなれと、じっと睨みつけるので精一杯だ。からからとそれは笑続ける。

「それじゃあ、頼むよー運び屋、野間八弥くん!」

そして、それはからからといまだ歌う様にして言葉を紡ぎ、ひらりと野間に手を振った。それに小さく舌うちして、悪態をつく。野間は山吹が雑踏に消えるのを見届けるより早く、踵を返したのだった。


算段重ねに夜を焦がれ



あの子が欲しい♪と歌いながらおねがいする山吹。野間の鳥肌がMAX。

mae//tugi
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