深夜。すっかりと人びとの寝静まる頃合の時間にぱち、と小さな小さな物音と共に現れた男が一人いた。不可思議な虹彩の瞳がほんのりと光るように見える。黒い肌に黒い髪。すべて暗闇と同じ色で、だが月明かりの下でははっきりと浮かび上がってしまっていた。

 そろりそろりとドアに近寄り、部屋に侵入する。たとえどれだけ立派な鍵を閉じられていたところで彼には関係のないはなしであった。むしろ電子ロックであればあるだけ簡単に開けられるというのだから、なんとも納得のいかない話である。

 ともあれかちゃんと小さな物音とともに扉が開かれる。抜き足差し足、忍び足。衣擦れのわずかな音さえもろくに鳴らさないですすすと近寄っていくさきはこんもりと盛り上がったベッドである。

 ふと、暗闇からなにかが飛び出す。きょろりとこちらを見る瞳は男とどこか似ている。ち、と舌打ちしながら、だが危害を加えるつもりはないと手で合図して追い払おうとした。

 ……が、計画は失敗するものである。

 にゃん、と素知らぬ顔で猫がなく。声につられてか眠っていたその人がもぞりと動いて、うっすらと目を開けた。きょろりと部屋を見渡して、月が明るいといえど暗い中で目が合う。

「…………なにしてるんですか、イドルさん…」
「…なんも…」

 見つかっちゃあ意味がない。折角驚かせようと思ってたのに。
 がっくりと肩を落としたイドルに今しがた寝ていた信紅が、未だ寝ぼけている頭で首をかしげた。だが時刻は真夜中である。ちょいちょいと手招きをされてイドルはどうしたの、と言いながら近寄っていった。
 くいっと首周りの衣服を引かれる。あまり強い力ではなかったが、抵抗するつもりが微塵もなく、なおかつ引っ張られると思ってもいなかったイドルは容易に姿勢を崩した。柔らかなベッドに突っ込みそうになるのをどうにか腕で抑えた反射神経を褒めて欲しい。

「あ、あの、神父様ぁ?」
「……徘徊して、ないで……」

 寝ますよ。
 と、ほとんど潰れかけた声で言ってからがくんと信紅から力が抜けた。なんだ寝ぼけてたのか。納得したイドルが立ち上がろうとして、だががっしりと掴まれていることに気がついた。

 そんなベタな!

 思いながらも当然嫌ではない。思っていた予定とは全然、まるっきり違うが拒否する理由もない。むしろ棚からぼた餅。降って沸いたラッキーかもしれない、とイドルはさらっと心を入れ替えて羽織っていた上着をぽいと脱いでシーツのうえにほおりなげた。
 それからすやすやと寝息を立てている信紅のとなりにごろりと横になって、ついでとばかりに抱き寄せる。だいぶ日が高くなってきたと言ってもまだまだよるは寒い時期だ。暖を求める相手としては不足ではあるが、多少のぬくさを感じ取ったらしい信紅も抵抗しなかった。
 それに気をよくしてイドルも目を閉じる。

 本当に予定とは違ったが予定通りでもある。にまにまとしているところに、とんと衝撃。思わず目を白黒させたイドルの目の前にはやはり黒猫が一匹。
 邪魔をするなと言いたかったが声を荒げることもできず。じとりと睨みつけてもなんのその。すっぽりと自分と信紅の間に入り込んで丸くなった猫によって計画は半ば失敗に終わるのだった。

 ちなみに翌朝、ベッドにぽいと投げていた上着は黒猫の布団替わりになっていた。

mae//tugi
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