「これでいいんでしょ」

どこからか入り込んだ青年がひらりと一枚の紙をみせる。
受け取った少々年を重ねている男はといえば、愉快そうに笑い、頷いた。

「バレたら死刑ものだな」
「バラせるやつも残っちゃいないけどねぇ」
「ははは!それもそうだ!」

男がさらさらと何かを書き留め、差し出す。
受け取った青年はちらっと読んだかと思えば、直ぐに燃やした。
ゆるりと腕を頭に回し、木の椅子を軽く後ろへと倒しながら、はー、とわざとらしいため息をつく。

「…あーあ。代役、どうするかな」
「君が懸想してる子はどうしたんだい?」

内地なら安全だろう、と頬杖をつきながらにまりと問いかける男に、首をゆるく振る。

「私は好き勝手させてもらうつもりだし。それに…」
「それに?」
「……傍に置いておきたいじゃん?」

真剣そうな顔から一片、意地悪く笑った青年に、男はぷっと吹き出し、声を上げて笑い出す。笑いながら、机の上に軽く書類を滑らせる。
その様子に少しばかり眉間にシワを寄せながら、青年は差し出された別の書類を見つめた。それから、椅子をただし、ペンを走らせる。

「それもそうだ!遠くにいては守れんからなぁ!」
「私が守るほど弱くもないんだけどさ…調査兵団なんか入ってるとそうもいかないし。簡単にはいじゃあやめますって言ってくれるとも思わないし…だってあそこ、変人奇人の巣窟とか、酔狂の集まりって言われてるじゃん。諦めたよ、私」

記入を終えたそれを突き返しながら、肩肘を机につき、唇を尖らせる。
そんな青年を一瞥しながら、「君でさえ思い通りにならないのか」と男が問いかけた。
ひどく押し殺された声で、ぱちりと罅ぜた炎の音にさえかき消されそうなほどだった。

「ままならない事の方が多いよ。こと、彼みたいなタイプはね。」
「ほう。随分評価してるようじゃないか」

次々に書き込まれていく嘘を横目で見ながら、思い返す。
動きも言葉も止めた青年に虚構を記していた男が顔を上げた。
それに気がついているのかどうかは分からないが、青年の金の目は動かないペン先を見つめたまま。

「…彼だけだからね、私には」
「そういうのは本人に言ってあげたらどうだ」
「伝わらないんだよ」
「君のことだ、弄れた言い方をしてるんじゃないか?……よし、これでいいだろう。」

咄嗟に言い返すこともできずに、目線を宙に彷徨わせる青年の眼前で、男がひらりと書類を持ち上げる。何度か空気にさらし、インクが乾いたのを見届けてから、青年へとそれを渡した。

「これで君も犯罪者か」
「やだなぁ、その言い方!ちょっと裏ルートで戸籍作っただけじゃないの」
「どれくらい犠牲にしたんだ?」
「教唆したのはどちら様だっけ?」
「利害の一致と言って欲しいね」
「そりゃあこっちのセリフだよ」

実に愉快げに、二人の男は笑った。




翌日、内地の一角にあった屋敷の主が変わった。
前の主は息子のように可愛がっていた従者へあらゆるものを継承させた。
儚くも病死してしまった男の美談はそれからも暫く語り草だったそうだ。


mae//tugi
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