がらがらと軽い音を立てて建物が崩れる。
あちこちから血の匂いや、悲鳴が聞こえてくる。

「いい景色じゃない、ねぇ」

高い建物の上。足元を、周囲を悠長に眺めながら誰にいうわけでもなくイドルが呟く。
元々こういった景色を見るのは好きなのだ。心が躍ると言っても過言ではない。矮小な人が巨人に踏み荒らされ、無残に花を散らせていく様。それこそ地獄絵図というに相応しいその光景を見物することが楽しくて仕方がない。
だれかに見られれば殺されても文句は言えないだろうほどに、目を輝かせてイドルは眼下の惨禍を堪能していた。

「やぁ、これはサボって正解だった」

使えるべき権力は使わなくてはもったいないと続けながら。
ちなみに彼が何をサボったのかといえば、壁外調査である。どうやってと聞かれれば、うまいように手を回したというか、彼のいう権力を使ったとしか言いようもない。

「ま、今日ばかりは壁外のほうが安全だったかもなぁ」

ここ最近は独り言も増えた。それがどういう変化なのか、本人にも分かりはしないが、自身がいる建物を素通りしていく巨人を見つめながら小声で語る。
背中にはためくのは自由の翼、ではない。今日彼が羽織っているのは兼ねてより愛用している無地の藍色のロングケープ。それから、腰につけているのは既に廃棄され、そのナンバーも除籍された元・ガラクタである。見た目がかなり改造されており、一見すれば子供が真似たおもちゃにさえ見えるかも知れない。それでもその性能はといえば…折り紙つきの凶悪品である。
下手をすればケープが引っかかるが、それは人間であれば、の話。
着用している立体機動装置は、イドルからすればまさに手足。射出されるワイヤーのその先端に至るまで、寸分の狂い無く操ることなど朝飯前だ。

徐々に日は天頂から傾いていく。
時折、遠くからは巨体が地面へ崩れる音が聞こえてくる。
そうでなくとも、ささやかな悲鳴が絶えずここでは鳴り続けていた。

彼は考える。このまま高みの見物というのも好ましいと。
そして、そうしようと腰を下ろそうとしたところで、聞こえてしまった。
小さい子供の声が。

「……」

すぐそばの建物の影。ちょうどイドルからその姿が簡単に見える場所に、やかましいその存在があった。その周辺には血だまりがあり、中央には黒々とした塊も転がっていた。なんとも見慣れた光景で、おそらくはその子供の親かなにかだろう。
キンキンと響く声で泣き叫びながら、その塊にすがっている。
その建物の向こうに、宿敵がいるとも気がつかずに。

彼は考える。このまま高みの見物といこうかな、と。
しかし同時に、考える。別のことを考えた。
たまにはいいとこみせるチャンス、と。

イドル・T・デューという人間、いや、それは非常に高次の存在である。
それこそ、人類のキャパシティを凌駕し、機械と名のつくものは容易く支配下に置くことも可能である。人ではなく神と呼ばれる存在の一つでもあるのだ。
あるのだが……だが、彼は結構…プライドが高く、そのためか目立ちたがりでもある。面白いことには目がないし、羨望のまなざしなんかも大好きだ。かつてはかなりの人数に自分を崇めさせていたこともあるのだから、それは相当と言えるだろう。

そんな彼ははたと思ったわけだ。
人々からすればまさしく阿鼻叫喚の地獄絵図。
イドルからすればちょっとした催しくらいのこの現状。

”ちょっと遊ぶくらいは許されるだろう”と。

そう考えてからは早い早い。遊ぶことは元々大好きなのだ。
遊びだと思えば人助けとやらもやりがいが出てくるというもの。

ふわりと舞うように宙に身を投げる。ばさりと長い羽織が翼のように広がった。
きん、と鈍い音を立ててアンカーが壁に突き刺さり、音も立てずに装置が巻き取ってゆく。地面のスレスレを絶妙な高さで駆け抜けながら、もう一度宙へとその身を踊らせる。
「やぁ、醜いミンチになるところだったねぇ」
そんなことを言いながら片腕で子供を担ぐ。高い放物線を描くようにして中空へと浮かぶ。こちらをぼやりと見上げる巨人の顔へ「アホ面だなぁ!」と吹き出しながら、イドルは素早い動作でその場を飛び去った。


「さぁて、何人拾えるかなぁ」
小さく口元だけで笑ったその言葉が担がれて泣いている子供の耳に届くことはなかった。


(P.S.そもそも生きることさえ私にとっては遊びに過ぎない)

mae//tugi
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