ぱらぱらと雨が傘に当たる音だけが聞こえる。
往来を行く人の影もまばらで、いつもは明るい印象の町並みも少しばかり寂しい。
雨の中を足早に通り抜けていく彼らは一様にして道の真ん中を歩く男へと目を向けていた。
いや、正確には、どこか異様なその男に目を奪われていたというべきだろう。
年不相応にも見える白髪も雨にじっとりと濡れている。
暗く影を落とす表情の中で、目だけは赤く獣のように爛々と輝いているようにも見える。
触らぬ神に祟りなし。
足早に男の隣をすり抜けて、誰もが距離を置いていた。
道の真ん中を、青年は誰にも邪魔されることなく通り抜けていった。
「雨に打たれるのがそんなに好きか」
そんな青年に声をかけるなんて酔狂な、と通り抜けながら別の男は思ったことだろう。
同時に声をかけた人物を盗み見ては妙に納得した顔をして逃げるように去った。
「好きなわけではありませんよ」
「ならさっさと家に帰れ」
雨の中、一人は傘も刺さず立ち尽くし、もう一人は黒い傘をさしていた。
ぶっきらぼうな声で男は青年に言った。
「…帰るぞ」
あいにくと男は一本しか傘を持っていなかった。
傘を少し傾ければ、ようやく青年が顔を上げて、頷いた。
青年はまるで、今にも泣きたそうな、けれども泣き方がわからないような、そんな顔で男を見ていた。
「…次郎も帰ってきてる」
「そうですか」
「…三郎も待ってるぞ」
「はい」
「…楓も来てる」
「はい」
「…帰るぞ」
「…はい」
帰る家ならあるというのに、まるで、迷子だ。男はそう思いながら、傘の中へと青年を入れた。
今日の仕事はそんなに堪えるような内容だったのだろうか。
それとも、人の情にどこか疎い人離れした青年にとって厄介な仕事だったのだろうか。
他の兄弟ほどうまい言葉を言うこともできないことを男はこの日ばかりは少し悔やんだ。
いつだって、この哀れな弟を苦しめるのは、愛と憎しみ、そういった病気的な心というやつだ。
いずれ、彼が幸せになれる日を願って、男は青年の肩にぽんと手を置いた。

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実は一個前の続きのつもりでした。
お兄ちゃんは地元では狂人と名高いですが、弟には優しいお兄さんです。
ただちょっと幼女のお肉(物理)が好きなだけで。

即興小説お題【愛と憎しみの病気】より

2013.06.27

mae//tugi
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