脳裏に駆け巡った見えない記憶に、身動きがとれなかった。会いたい、と思ってしまった。どこにいるかも分からない相手に。誰かも知らない声に。
その隙が命取りだった。だが、彼は生き残った。雨が降る。長い年月の末、少し綺麗になった雨が。

「違う、違う、違う!!こんな、こんな…っ、違う…んだ…こんなものを、望んだ、わけじゃっ…ないん、だ…!」

訳もわからずに、彼はそう叫んでいた。よくできました、と誰かがまた、慈しむような、しかし淡々とした声で告げる。白いコートに泥がつくのも気にせず、地面にのたうつ。泣き喚き方を知らない彼はただうなだれて、違う、と叫ぶだけだった。

周囲には誰もいなかった。ただ、ごろごろと人だったものがあちらこちらに転がっていた。焼け焦げたものや、叩き潰されたもの、切り刻まれたもの…数えればキリがない。

「シルヴァ!」
「っ…」

今の名を呼ばれ、左目を見開く。白い髪も、薄汚れていた。駆け寄ってきた見知った姿に安堵の息をつく。がっ、と勢いよく肩を掴まれる。

「何があったんだ!?」
「グリシャっ…地下だ、地下の奴らが…」
「まさか、保守派の連中がこんな…?だが、だが…あいつらにそんな…武力があるわけ…」

赤い鎧、赤い衣。薄暗い地においても、赤い一団はひときわ目を引いた。先頭にいたグリシャという男は、惨状に眉をしかめた。

赤は改革の色と、彼らは唄う。

改革と言うからには、倒すべき相手がいたのだが、それは随分昔の話だった。改革軍が戦いはじめたのは数百年も昔で、その相手はかつて倒されたという。今はどこか願掛けのようにその名を名乗るにすぎない。

そんな彼らは他の勢力よりは優れた武力を持っていた。近年頭角をあらわしてきた地下保守派や、結社連合などという色々な派閥との争いもあったが、概ね勝利に次ぐ勝利を収めていた。

だというのに。

「殲滅…だと?」

第二拠点が壊滅、いや、殲滅状態だった。かろうじて屋根が残った建物の中に入った面々はその惨状に暗い陰を落とす。少し離れた場所で、すっかり身を綺麗にしたシルヴァが顔を覆うように手を当て、座り込んでいた。

「シルヴァ…お前だけでも生きてて良かった」
「…」

飲み物を手にグリシャが近づき、肩を叩く。のろのろとカップを受け取り、一口含んだ。何があったんだ、と本題を切り出す。俯きがちなシルヴァの顔は長い髪で見れなかった。

「…急に、慌ただしくなった。いつの間にか、包囲されていたらしい。だが、誰もいなかった。感知レーダーも無反応。目視もできない。気のせいだと安心した瞬間、攻撃された。」
「感知レーダーにも?」
「人じゃない。明らかだ。」
「い、一体誰が、いや、なにが!そんなことを!」

時折、手元の暖かい紅茶で口を湿らせながら、ポツポツと辿りながら答える。ざわざわと、聞いていた誰もが口やかましく互いに意見を交わしていた。
人感知レーダーや暗視ゴーグルなど、きちんと用意されていた。万が一に備えての防衛システムだってあった。だが、ことごとく突破されてしまった。それゆえの現状。
ありえないと、一人が叫んだ。やけに冷たい左目でシルヴァは一瞥を投げかけた。

「地下保守派」
「シルヴァ!」

なんでもないように、そう言った。自分の目でみた事実だ。そう言うよりなかった。だが、やはり、咎めるような鋭い声が響く。

「法螺を吹くのもいい加減にしろ!貴様…隊長が好意で、どこの馬の骨とも知れん解凍失敗者を引き入れてくれたというのに…!恩を仇で返すのか!?」
「そ、そうだ、そうだ!」
「ただでさえありえない状況だっていうのに、保守派がやったですって?」
「はっ、嘘を着くならもう少しましな…」

「QUEEN」

大法螺吹きめ、裏切り者か、と散々に罵られながらも、彼が態度を崩すことはなかった。口々に不安を掻き消すかのように叫んでいた彼らだったが、たった一言に閉口せざるを得なかった。それどころか、興奮気味だった表情が一変し、怯えるように青い。

「いま、な、なん、て」
「白い旗を掲げていた。装束は紫と藍。先鋭は…機械だ。」
「ば、馬鹿な、」
「口々に言っていた。女王は帰還した、と。」



『目覚めたQUEENへの凱旋の序曲にすぎぬ』たしかに、紫の装束をはためかせる男はそう笑っていた。

無数のロボットによる強襲を受けた拠点は、それは酷い有様だった。訓練という訓練を受けていたわけでもない改革軍は直ぐに態勢を整えることが出来ず、次から次に飛び交うレーザーや凶器に倒れていった。改革軍に引き入れられて日数も浅く、そもそも解凍失敗者とレッテルを貼られていたシルヴァは後方の、安全な場所へと押し込められる。外からは相変わらず、煩い悲鳴や破裂音、レーザーの音がひっきりなしになり続けていた。

ところで、今回、改革軍が殲滅などという大敗を喫したのは急襲だけが理由ではなかった。
話は少し戻して、数百年前。今は地下、とだけ呼ばれるかの巨大都市が眠りについた時だ。軍事から生活、環境に至るあらゆるものを機械に頼っていた都市の、その全てを担うコアが眠り、機能を停止させた。このコアの事を畏敬の念を込めて今も昔も【QUEEN】と呼んでいた。かつて栄えた高度なロボット社会も例外ではなく、QUEENに追従するかのように夢に沈んでいった。その瞬間こそ、改革全一派の勝利の時に他ならなかったが…その話はまたの機会にしよう。

さて、それから長い年月、人々は機械の大半を棄てざるを得なかった。あまりに高度なロボットたちを使えるのは一部の存在だけで、その多くが、早い段階に機械派により殺害された後だったからだ。
それゆえ、今の改革軍の面々にとって、高度なロボットというのは過去の遺産であり、驚異驚愕のオーパーツであった。
ただでさえ、急襲だったうえに、それが未知のオーパーツによるものだった改革軍は…不幸としかいいようがなかったのだ。



一人、喧騒を聞くシルヴァの元に、数人の生き残りが駆け寄った。各々に決して軽くはない負傷が目に見えた。
「だめだ、前線も後援も、機能してない…」
「シルヴァ、だったか。あんたはまだ客人みてぇなもんだからな…逃げるぞ」
「どうする、裏も潰されてる」
「どうにか突破するしか…」
唯一、赤を纏わないシルヴァは、赤い一団では浮いて見えたことだろう。シルヴァを除く彼らは比較的安全なそこで、急ぎながらも着実な作戦を練っていた。不意に、大きな破壊音が部屋の近くから響いた。
「いまのは!?」
「早いな…近くに来てる…」
「くそ…」
彼が覚えている限りでは、相当に素早い動作だった。二人が足早に部屋を去り、三人が入り口を固める。後方に二人が立ち、そのうちの一人がシルヴァを戸棚に追いやった。
「いいっていうまで、そこにいろよ、木偶の坊」
「……」
最期にそう言い残して、男はがちゃんと荒々しく戸を閉めた。おそらく、精一杯の虚勢だったのだろう。にっと笑うその目には、ありありと死の恐怖がこびりついていた。それを理解しながらも、侮辱の言葉にふつふつと怒りが湧き上がるのが抑えられなかった。
中途半端に、片足を立てた状態で暗闇に座り続けて、しばらく。
厚めの扉ごしに悲鳴が聞こえた。呻きも聞こえた。トドメをさす、短い銃声も、連続した弾幕の音も。
激しい音と共に、扉に傷が入る。ナイフか何かが突き刺さり、貫通したようだった。誰かがそれを引き抜く。金属に弾かれる音が耳に痛く響いた。
聞き取れない小さいな呟きを遺して、その誰かは肉片へと姿を変えたらしい。ぴぴ、という認識音の後、「掃討完了」という機械らしいノイズまじりの声がした。


「…それから暫く、出れなかった」
言葉少なにシルヴァは事の顛末を伝えた。誰も、何も言えなかった。グリシャも少々色が悪い顔で、さらに問う。
「ロボット以外の方は」
「俺は遭遇してない。すまないな…これ以上は…知らない」
「…いや、いい。充分だ。」
近くの椅子へと倒れこむようにして座り込む。ざっと見て来た限りでも、かなりの被害だった。突然の脅威の出現に、頭を抱えるしかなかった。
「まさか…地下組が、なぁ…」
「QUEENなんて、言い伝えだとばかりでしたよ…」「…わたしもさ」
すっかり威勢を無くした彼らは、口々にぼやいてはため息をついた。肩を落とすものや、空を仰ぎみては、暫くそうしたままだった。


その様子をちらりとみながら、シルヴァは告げなかった事実を思い返していた。



室内の全員が無残な肉になった直後だった。
シルヴァは静かになったな、とナイフが作った隙間から外を覗いた。
「あ」
ぴ、と認識音が鳴る。搭載されているカメラと視線が交差してしまう。扉は最初からばれていたらしい。ふと、先の侮蔑が聞こえた気がした。
このまま、無抵抗に殺されるのは癪だと、シルヴァは渾身の力をこめて扉を蹴り開けた。
扉の前にいた認識射撃ロボットが倒れた。一斉に室内にいたロボットが振り向く。
なんとも統率が取れている動きに、つい感心を零した。
直ぐに銃口がこちらを向く。
一、二機なら潰せるか、と構えた矢先の事だった。
ぴぴ、と認識音が鳴り響き、ぴー、と長い機械音を発した。

『認識、UV、攻撃態勢を解除します』

赤い赤い肉片と雫で赤く染められた部屋で、彼はつきりと痛む頭を押さえることしかできなかった。
静かに銃口をしまうロボットが、親しげに「Hello、UV様」などと話しかけてくるので、さらに困惑した。
応えられないでいるうちにも、頭痛は酷くなるばかりだった。

視線を落とした先に、件の兵士の上体が転がっていた。辛うじて息のある彼が、驚愕に目を見開いていた。
なぜか、彼が酷く憎い存在に思え、白い男は足元に落ちていた銃を拾い上げ、無感情に撃ち殺した。

銃声を聞きつけて、内部まで侵入していた地下保守派の男が部屋へと近づく。
どこも血に濡れて酷い有様だったが、その部屋は広さの割には多い数の人間が惨殺されただけあって、特に血なまぐさかった。
誰もいないとふんで、大破している扉の先を見た男は驚愕に目を見開いた。

「な、ぜ」
中央に白い衣服を纏った男がいたからだ。おもわず後ずさった。男、シルヴァが振り返る。紫の装束の男は慌てたように、近くに佇んでいた機械へと命令した。
「T57!撃て!敵だ!」
シルヴァははっとしたが、ロボットはといえば「射撃命令を受け付けられません」とただ一言だった。それから、どこか愉快そうに、「市民ヴァイオレット、反逆です」と告げた。ヴァイオレットと呼ばれたであろう当人は、聞いた事のない言葉にただ混乱を深めるばかりだった。
「UV様、市民ヴァイオレット、反逆」
「反逆、反逆」
「UV様」
代わりに答えるかのように、別のロボットたちがシルヴァへと伝え出す。まるで、指示をだせとばかりに。しかし、頭痛に苛まれる当人も、反逆者などと言われた男も、ただ疑問符を増やすばかりで、答えられないでいた。ロボットが必死そうに訴える声が不気味に続いていた。
「UV様」「UV様、」「反逆者ですよ、UV様」「反逆、」「処刑」「反逆者には」「クローンなら」「UV様」
ひっきりなしに彼女たちはいい続ける。うるさい、と彼が怒鳴りつけた。異様な光景に紫は硬直していた。しん、と部屋が静まる。彼は頭が割れそうだ、とありきたりにぼやいた。静寂を、ロボットが再び裂いた。

「マーリー」

どのロボットの声でもない声がした。痛みに耐えきれずシルヴァが膝から崩れ落ちる。意識が少し、朦朧としていた。ぼわりと膜がかって音が耳に届く。
「通信、コンピュータ様」
すっと、痛みが消えた。あまりの痛みに浮かんでいた涙が床に落ちた。
体に大きな衝撃を感じる。砂ぼこりが舞う。同時に、ぱらぱらと吹き飛ばされた天上や壁のの破片が降ってきた。床の血が、砂ぼこりと入り込んだ雨と溶け合う。意識など、無いに等しかった。だが、目は開いていたし、体は動いた。
一枚膜の向こう、違う誰かの姿を背後から見ているような気持ちだった。
「マーリー、命令です。」
軽やかに、銃を構えた。怯え、腰を抜かした男に向ける。
「殺せ」
「コンピュータ様の、御命令とあらば」
口角は、たしかに上がっていた。




カップを持つ自分の手にはひきがねを引いた感触がくっきりと残っていた。あの声は確かに聞いた事がある声だった。確かに自分は、その声に高揚し、歓喜した。だが、シルヴァは何も、思い出してはいなかった。



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いつかの未来編の続きです。
いずれ追加・修正予定です。


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