04
窓から射し込む陽の光、小鳥の囀り、そして人々の声。眩しい、明光に視界が霞み幾度か瞼を瞬かせた。もう朝か…。久々にゆっくり寝たと身体を伸ばしたところで隣に人の気配を感じ視線をやると何故か上半身剥き出しになっている弟が寄り添う様にして眠っていた。
シンと再会してさぁこれから話そうという雰囲気だったが俺は睡魔に勝てず新たな寝床につくなりさっさと寝た。もうそこそこ歳なんだ勘弁してくれ。ふぁっと欠伸を零し、横で身じろいたシンの頭を撫でる。懐かしい。シンに兄と呼ばれた瞬間、時が過ぎる程に思い出せなくなっていた感覚が、記憶が何かに呼び起こされたかの様に目を覚ました。その母に似た目も、父に似た髪も、己に似た顔立ちも…、昔の記憶が徐々に融解して、そして確信した。目の前にいる人物こそ我が弟なのだと。まさかもう一度こうしてシンと触れ合える日が来ようとは思ってもいなかったから嬉しい限りだ。
「ん、…に、いさん?」
「シン、まだ早い。もう少し寝ていろ」
「…んー、」
ふるりと長い睫毛を震わせ持ち上がった瞼の奥の瞳が俺を捉える。まだ寝ぼけているのかその目は微睡んでおり焦点はあっていない。ゆっくり頭を撫でてやると、成長した逞しい腕を俺の腰に回し抱きつく様な形でもう一度眠りに落ちていった。その姿に自然と笑みがこぼれる、やはり幾つ年を重ねても甘えたなとこは変わらないようだ。
ーーコンコン
「失礼します」
扉越しに声が掛かり1つ間を置いてクーフィーヤに身を包んだ男が入ってきた。彼は確か、シンの部下か。物腰柔らかな印象はあるがシンへの侮辱には人が変わったかのような怒りがあった。あれは恐ろしい、本気で怒らせたレイリーみたいだ。
「おはようございます、ルイフス様。昨夜は挨拶なしに申し訳ありません。私はジャーファルと申します」
「おはよう、ジャーファル。改めて…俺はルイフス。よろしく頼む」
深々と頭を下げられるが、それを制し軽い挨拶を交わす。人の良さそうな笑顔を浮かべているがその裏、何を考えているのだろうか。…いや、探ることはやめておこう。少なからず彼はシンが信頼を置いている部下、そんな彼を疑うことなどしてはならない。兄として…
「あの、すみません。まさかですが…そこにいるのは…」
「ん?あぁ、シンか?気持ち良さそうに寝てるからそのままにしていた、…マズかったか?」
「今日は王宮に行くのでそろそろ、…いや、そうじゃなくて…服!」
「服?上は脱いでいるが問題ないだろ」
「…全裸、なんです」
「…ははは」
いつから弟は露出魔になってしまたのやら。苦労をかける、いえもう慣れました。そんなやり取りをした後、王宮に向かう準備をするというジャーファルの言葉にシンを揺すり起こす。だがそんな軽い振動じゃ弟は起きてくれない、代わりに腰に回された腕に力が入る。それを見かねたジャーファルがベッドに近づき、
「っ痛!」
「さっさと起きてください王よ」
容赦なく頭を叩いた。なんだかロジャーとレイリーの関係に似ており微笑ましい
「おはよう、シン」
「…あぁ、おはよう兄さん」
目を覚ましたシンの腕が離れことを確認してベッドから出る。朝食でも取りに行くか、考えていると扉から赤髪の青年が2人分の盆をもって入ってきた。確か、彼もシンの…
「そういえば部下の紹介がまだだったな。兄さん、彼はマスルール。ファナリスだ」
「どうも」
「そしてこっちが…」
「ジャーファルだろ?お前が寝ている間にもう終わった」
「そうだったのか」
マスルールに貰った飯を食べながらシンの言葉に頷く。シンも着替えが終わったようで兄弟揃って久し振りの朝食。…こっぱずかしいな
「お前はこれからアリババ君と王宮に行って王に直談判しに行くんだろ?」
「そのつもりだ。早くバルバッドの情勢をどうにかしないと、嫌な予感がする」
「そうか…」
あんなに甘えただったシンが、俺の後ろをついて回っていたシンが一国の王になるなんて、誇らしさ半分寂しさ半分といったところか。弟はこんなにも立派になったというのに兄である俺はのんびりと自由に生きている、上がダメだと下がしっかりするというがまさにその通りだな。だからと言って生き方を変えようとは思わないが
「兄さんはこれからどうする?」
「俺はここでゆっくりしてるさ。何、心配すんな。何も言わずどっかに行ったりしねぇよ」
:
:
「アリババくん、大丈夫かなぁ?」
「こんなに国民の人たちに支持されているようですから、きっと大丈夫です…」
「そうだね…、ルイフスおじさんもそう思うかい?」
「そうだな。それにシンも付いてる、大丈夫さ」
王宮の周りに集まった多くの国民。彼らはアリババ君にこの国の未来を託したいと考え集まった人たちだ。アリババ君に反する者はこの騒動をよく思わない王くらいだろう。そしてあるとすれば、彼らもか…
炎天下の中、アラジン、モルジアナと共に王宮の外から見守る。中でどうなっているのか、それは当人たちが帰ってこないと限りだ知ることはできない、だからこそうまく行っていると信じるしかなかった。麦わら帽子を浅くかぶり直し、徐に視線を持ち上げると人々を押しのけ王宮へと近づく1人の人物に目をやった。
「あいつ…」
この国の人間じゃない。周りの騒めきに掻き消される言葉は、しかし近くにいたアラジンが戸惑った視線を向けた。
「おじさん、あの人…」
ーー黒い太陽に見えた気がしたんだ
言葉の真意は分からない、だがアラジンが彼から良からぬものを感じ取ったことは確かなのだろう。どうやらこの問題は長期戦になりそうだと、俺はこの時確かに自覚した。
(混沌の渦に引き込まれる音を聞いた)
← → / 戻