03


俺には7つ離れた兄がいた。兄は家族の誰よりも早く起き、海に出ては人数分を軽く超える魚をとってきて家計を支えくれた。たった1人の兄。怖い夢をみて泣いた俺を抱きしめ、村内の端まで冒険したと語れば凄いなと頭を撫でてくれた優しい兄が大好きで憧れだった。父を失い悲しみに暮れる母、泣きわめく俺、しかし兄だけは涙を流さず母や俺を強く抱きしめた。父さんの代わりに俺が2人を守るから…と

しかし、偉大な父に続き兄までも手の届かないところへ行ってしまった。嵐の中、食糧が尽きるからと止める母を押し切って海に出たきり兄は二度と帰ってくることはなかった。
その笑みで、その声で、その温度で。包み込んでくれた兄はもう何処にもいない。突き付けられた現実を事実だと思いたくない、信じたくない。その一心で俺は兄を探し続けた。無駄だといくら言われても関係ない、俺は俺のしたいようにする。色褪せることなく心に居続ける兄ともう一度逢いたいから、また共に生きていきていきたいから。だから

「に、いさ…ん?」

これは目の前にいる男は俺に都合のいいまやかしか。ずっと探していた、僅かな希望に縋り付いてそれでも生きていることを信じここまで来た俺が創り出した、まやかし。幼い頃の曖昧な記憶しかない、しかし一目見たときに感じた懐かしさは間違いではない、これはこの男は兄なのだと理屈や道理よりも感覚が身体が確信している。まやかしでも構わない…、こうして、もう一度会うことができたのならばどんな形でも構やしない。だが、叶うならばこれが

「兄さん、か?」

現実であってほしい。
ジャーファルの戸惑う声も周りの騒めきも聞こえてこない。ただ、男の口が動くのを待った。もう一度、もう一度…

「兄さんって…まさか…」

俺の名を呼んで

「シンドバッド…なのか、」

「ルイフス兄さんっ」

歓喜に包まれる身体は兄に向かって駆ける。周りの目など気にしない、今は兄が生きていたこの喜びに、もう一度出会えたこの喜びにただただ浸っていたかった。勢いよく抱き付いた俺に驚いたままの兄だが状況を理解してきたのか、昔よりも逞しくなった身体で、腕であの時と変わらない温かさで俺を包み込む。本当に、変わらない

「シンドバッド、シン…まさか、生きているなんてな…これは夢か」

「俺だ、兄さん。夢でも何でもない。俺なんだ」

「そうだな、シンドバッド。よく生きていた」

「兄さんこそ」

顔をよく見せてくれ。そういった兄と身体を離し、兄によく顔が見える様に両手で頬を包まれる。あの頃と同じ笑みが俺の目に焼きつく、声が鼓膜を揺する、あぁ、…本当に兄さんがここにいるんだな。ストンと心に落ちた言葉に感極まり視界が薄くぼやける。この歳になって人前で涙を流すなんて情けない。それでも止めようとは思わない。そんな俺を見て困った様にだが嬉しそうに顔を綻ばせ

「……」

言葉を発することなく、もう一度俺の身体を抱き締めた。



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「まさかあなたに兄上殿がおられようとは思いませんでしたよ」

「それはそうだ。一度も言ったことはないからな」

そう一度たりとも兄の存在を周囲に明かしたことはなかった。生きていると信じてはいたものの確証などほとんど無い、寧ろ死んでいる方がしっくりくる様な状況だったのだから。そんな中、生きていると信じていた俺が可笑しい

「…にしてもシンさんそっくりでしたね」

「そうですね、髪を切って眉毛を細くしてもう少し威厳を持たせたら兄上殿になるんでしょうね」

「おい、それは俺に威厳がないといいたいのか」

「どうでしょう」

軽口を叩きながらも頭は兄のことで埋まっていた。今、俺たちは霧の団アジト、元・スラム隔離住居地区内の廃灯台の一室にいる。あの後ジャーファルに促され兄も共にこの地へ来たのだが兄は疲れていたのかまずは休ませてくれと、先程の感動の再会はなんだったのかさっさと部屋に入り寝てしまった。そのかわり様に唖然としたのは仕方のないことだ

「…それしてもシンの兄上殿はマイペースというか状況に縛られない人ですね。シンとの再会を果たし今から深く話そうという時に寝ますか?普通…」

「はっはっはっ、兄さんは昔から自由人だよ。母さんに怒られてる最中でも別のこと考えてるし、父さんと漁の最中でも疲れたらすぐに寝ていたそうだから、網を持ったままな!」

「はぁ、…なんというか」

「……シンさんと同じですね」

失礼な!俺はしっかりしてるだろ!民の声をちゃんと受け止めるし、執務も…、まぁ抜け出すことはたまにあるがやり遂げているだろうに。
そういっても白い目をしてみる部下達に居た堪れはなくなり俺も休んでくる!と言い残し部屋を出る。向かうは兄の寝ている部屋。明日、アリババくんと王宮に行く。そのことも考えなければならないが今は少しでも兄の側にいたかった。

(もう離れていかないでくれ)
(これからは兄弟共に生きていこう)




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