05


日の入りを迎える頃、アリババ君とシンがアジトに戻ってきた。悔しそうに顔を歪め俯く姿から察するに交渉は決裂したのだろう、皆に会わせる顔がないと意気消沈したアリババ君を追ってアラジンとモルジアナが部屋へ行ったのが少し前。シンが皆の前で今日の結果を伝えると部屋を後にしたのはつい先程。共に行こうと誘われたが、俺は部屋に残ることにした。今日のことはシンに聞かされなくてもわかる、理解している。別に俺が行かなくてもいいだろう
静かになった部屋で麦わら帽子を手に持ち、ベッドに身体を横たえる。思い返すは海賊として過ごした20と数年。ロジャーとお揃いにと買ったこの麦わら帽子があの世界につながる唯一の媒体。もう一度あの世界で旅がしたいな、なんてこっちに戻って未だ実感の湧かない事実にしかし、八割がた希望で構成された愚かな考えに脳は埋め尽くされる。初めは向こうに留まろうと思っていた、けれどこちらの世界に未練がないわけではない。その迷いをルシフェルに見破られ、俺はこうして再びこの世界に戻ってきた。
力を求め、世界を旅して、異次元で海賊として冒険して。果てには失ったと思っていた弟とも再会することが出来た。だから、思うのだろう

−−懐かしい、彼にもう一度逢いたいと…

鮮明に残っている記憶も日数を重ねることで徐に霞んでいく。

−−忘れてはいけない

あの鮮やかな赤を。彼に会えたら幸せだろうな、意味のない希望を抱きながら押し寄せる睡魔に身を委ねた。



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「旦那!旦那!起きてくれ!!」

揺すられる感覚、焦ったような男の声に重たい瞼を上げる。一瞬光に眩んで、そうして見えた者は俺が目覚めたことに安堵し、しかし思い出したようにまくし立てた。

「頼むよ旦那!来てくれ!やばいんだ!」

何がやばいんだ、状況をはっきり伝えてくれ。寝起きのかすれた声で伝えるも自身が知っている状況を伝えるどころか言葉を発することで精一杯な男の耳には届いていない。刹那響き渡る轟音。兎に角来てくれ!急かす男に少しの苛立ちを覚えつつ麦わら帽子の深くかぶり男に付いて部屋を出た。


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「な、んだこれは…」

広がる光景に目を見張った。騒然とした空気、抉られた地面、立ちはだかる青い奇妙な生き物。一体何が起きているのか、感じる異様な空気に、しかし頭は妙に冷静だった。あれはジンの本体…、それにジンの足元に転がっている人間は確か、昼間に見かけた男か。ばら撒かれたピースが1つ1つ形を確かめるように合わさっていく

「兄さん!」

「シン、」

じっと騒動の元凶を眺めていると俺に気付いたシンが此方に駆け寄って、大丈夫か、怪我はないかと心配してくる。何もないと一言かければホッと息を吐き、事のあらましを簡潔に説明してくれた。しかし、落ち着いて状況把握をして入られたのもつかの間。ジンが掌を組み高々と上げるとぼやり、淡い光がはっきりと輪郭を現し熱を帯びていく。巨大な魔法、矛先は倒れて動かないジュダルという男。

「まずいっ、全員逃げろっ!!」

シンの掛け声とともにジンから一斉に遠ざかる人々の群れに流れる事なくそこを動く事をしなかった。この距離なら死ぬ事はないだろう。それよりもあのジンが、アラジンの友達だというジンがどうしてジュダルを対して敵意を剥き出しにしているのか知りたかった。まぁ、聞こうにも聞く事は出来ないんだが。こういう時、ロジャーのような力が羨ましいなんて場違いな事を考えてしまう俺は緊張感のかけらも持ち合わせていないのだろう

「っ、兄さん?!何をしてるんだ!早く!」

掴まれた右手首の痛みに現実に引き戻された思考、振り向くと焦った顔をしたシンと目が合い同時に右手首をぐいっと強く引かれる。流石に逃げたほうがいいか。掴まれた右手首をそのままシンに連れられるようにして急いでその場を離れたと同時にひどい爆風が辺り一帯に捲き起こる。咄嗟にシンを抱き込み、砂塵が晴れるのを待った。

「兄さん、大丈夫か?」

「問題ねぇよ、それよりも」

戻した視線の先、ジンがいる事に変わりはないがその足元には何もなかった。跡形も残らず消えたか…、しかしながらその仮定は誰1人欠けていない気配に、そして新たに増えた気配によって肯定される事はなかった。

「あらあらぁ…、なんなのぉ?あの化け物は…。随分と私達の可愛いジュダルちゃんを虐めてくれたみたいじゃなぁい?」

僅かに怒気を含んだ声色に視線も上げれば、巨大な絨毯に乗り此方を見下す者たち。そこには先程地に伏せていたジュダルの姿もあった。絨毯の裏側にデカデカと書かれた煌の文字に絡み付いていた違和感が取れたような気がした。このバルバッドの内乱はこの国だけの問題ではないようだ。突然の煌帝国の登場に皆が皆唖然とする中、ジンは標的を彼女らに変え再び両の手に魔力を凝縮させていく。ざわつく周囲を気にすることなく赤髪の少女は感情のない冷酷な瞳でジンを睨みつけると、簪を手に言の葉を並べ顔に笑みを浮かべた。どうやら彼女は迷宮攻略者らしい。蛇の姿をした水の流れを身に纏った彼女にジンは勢いよく地を蹴り襲い掛かるも熱と水、相性の違うそれらは相殺され蒸気が立ち込めた。だが、そのことが彼女の逆鱗に触れてしまったようで…簪が巨大な剣へ姿を変え、ジン目掛けて刃を突き立てそして、巨大な風穴を開けた。

「迷宮攻略者に、その眷属…圧倒的にこっちが不利な状況じゃねぇか」

吐息交じりに独りごちる。これ以上ここでことを荒げてはならない、が彼女達もそう簡単には引き下がってくれないようで。彼女の掛け声で地に降りてきた生物
を目の前に事の成り行きを見守ろうとしていた考えを消す羽目になってしまった。

「お前達は早く、ここから避難しろ!」

マスルール、ジャーファル、モルジアナ、アリババくんが奴らを食い止めている内に逃げ惑う人々を安全な場所へと誘導する。初めて目の当たりにする奇妙な生物に動けなくなる者、震える者、様々だが動けるやつらに声をかけ協力し避難するよう急かした。

「ルイフス様!」

「っ?!」

ジャーファルの声、すぐ側に現れた気配に地を蹴って後ろに飛び退くと先程いた地面は抉られニタリと笑う獣が1匹。隠せない笑いを零し、上から下へと舐めるように視線を這わした

「俺はお前らと戦う気は無いんだが…」

「皆殺しだ、気があるだのないだの関係ないね」

皆殺しね、非道なことを言うもんだ。ならば仕方がない、腰に携えた剣の柄に手を添え臨戦態勢に入ろうとした時だった

「皆!引くわよ!」

高らかに響く凛とした声。それがあの戦う事に生き生きとしていた彼女のものならば何故突然引き上げる事にしたのか。獣から意識を外すことなくしかし、彼女の方へと伸ばした視界に顔を赤くした彼女と側にいるシンをおさめ納得がいく。女誑しか。ぼそりと呟いた言葉にジャーファルが大きく頷いた

(「彼奴に泣かされた女がどれほどいるのか」)
(「もう数え切れないほどですよ」)
(「…弟が本当、すまんな」)
(「労いのお言葉だけで十分です」)




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