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親子水入らずで、と気を利かせたのだろう。スコールはエスタ滞在中は大統領官邸で寝泊まりをしていた。最初は、ラグナと四六時中共に在れると喜んだ環境も、今では地獄と同じだった。
ラグナを“父”と呼んだことはない。それでも、出来の良い息子を演じてきた自覚がスコールにはあった。突然現れた実父を認めようとするポーズを取り、公私共に力になろうとした。それがいけなかったのだろうか。結果的にラグナはスコールのものにはならなかった。

夕食も済ませ、いつもはリビングで二人で紅茶を飲みながらテレビを見たり、話をして就寝までの時間を過ごしていたが、それを武器の手入れをしたいから、と早々に切り上げてスコールは自室に篭った。ドアの鍵を閉めて、明かりもつけずにベッドにうずくまる。
今思えば、認知されなかったのも伏線だったのだろう。自身も知らなかったとは言え、相手に子供がいると知れたら。そして、もし女性がスコールを認めたとしても、スキャンダルに巻き込まれでもしたら。相手の女性も思っての行動だったのかもしれないとの考えに行き着いて、最初から希望なんて無かったことを知った。
そしてなにより、自分の知らないところでラグナが自分の知らない人を愛していたということが、たまらなく悲しかった。
胸が、息が苦しい。

『俺、結婚するんだ』

あのときのラグナの言葉がリピートされた。もう聞きたくないのに、まるで誰かがスコールにその現実を認めさせようと強制しているかのようだった。

(聞きたくない、のに…!)

耳を塞ごうにも、言葉は頭の中で反響しているのでその行動に意味は無かった。
何もかもに苦しい、と思っていると、嗚咽が漏れはじめた。そして、濡れたシーツの感触に、自分が泣いていることにスコールは気が付いた。息苦しさを感じていたのはこれのせいだろうか。一度涙を自覚してしまうと、感傷的になった感情を制御することができず、次から次へと雫が流れ落ちた。

「うっ…ふ、ぐぅっ…」

泣き声をラグナに聞かれたくなくて、枕に顔を押し付けて声を殺した。
涙とともに想いも流れ落ちてしまえば良いのに。それができないなら、いっそ死んでしまいたい。
こんな悲しい感情を抱えたまま日々をラグナと生きていく自信が、スコールには無かった。




それでも人は生きていける。
仕事と食事と睡眠を淡々とこなすだけで、人としての最低限の営みは成立するのだ。胸の虚無感を抱えながらも、スコールはそうしてこの日まで生きながらえた。否、こんなのはもう死んでいるのと同じだろうとも思う。

(だって、心が動かない)

二人を祝福するかのような青空を美しいと思えない。
花嫁は綺麗な人だった。白いタキシードのラグナも、眩しいくらいにかっこいいと思う。少しタイが曲がってしまっているのが彼らしい、と目を細めた。
式もあらかた終わり、友人知人に祝福され、ラグナは照れ臭そうに笑いながらも応じている。花嫁も、自身の知人の群れに捕まって幸せそうな笑みを浮かべていた。

「ラグナ」

少し離れていたが、息子の声に気付いたラグナはすぐさまスコールのもとへ来た。

あなたが幸せなら私は良いの。なんて恋愛映画にありそうなことを思えるほど、まだスコールは大人ではなかったが、しかし自分がどう身をふれば良いのか理解できる程度には子供ではなかった。

「ラグナ…父さん、おめでとう」

涙腺からじわりと涙があふれ、眼球を覆ったのがわかったが、きっと別の意味に取られるだろうとスコールはそれを制することをしなかった。
いつか、彼に恋をしていたことを懐かしむ日が来るのだろうか。死んだ心が再び息づく日が来るのだろうか。
胸の苦しみを抱えたままのスコールには、わからなかった。

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