2


話し合った結果、スコールは公的に認知されないことになった。
ラグナの補佐官の一人が、スキャンダルになりかねないとスコールの存在の公表を拒んだらしい。善政をしいてきたとはいえ、独裁者に反感を持つ者は多い。アデルの呪縛から逃れたとは言え、エスタはいまだ国際的には不安定な国だった。そこに、大統領の隠し子が発覚してしまったら、何もやましいことは無くとも支持率に影響する恐れがあるとのことだ。
スコールとしても、今更親が出てきてもと思うところがあったし、それ以上に最後の望みでもあった。書類の上だけでもラグナと他人でいれば、この想いに希望はあるんじゃないかと。
いや、希望などとうに失せていることはスコールにもわかっていた。息子を恋愛対象として見るような、歪んだ人格をラグナが持ち合わせていないことは明らかだった。それでも、ともがいてしまうのは、それだけスコールの想いの深さを表していた。
そんな中、スコールを指名してのエスタ側からの大統領の長期の護衛任務はありがたいものだった。表向きに傍にいる理由が与えられたのだ。
この計らいはラグナではなく、キロスとウォードによるものだった。ラグナはむしろ気恥ずかしさからか、そこに嫌悪は感じずとも息子と共にいることにじゃっかんの抵抗があるようだった。
それも仕方が無いと、スコールも思っていた。実際、自分も彼に懸想していなければ同じ反応をしていたか、最悪反発していたかもしれないのだ。
互いにどこかぎこちなさを感じつつ、それでも親交を深めたある日のことだった。

そのときスコールは、ラグナの執務室で彼と二人きりだった。多忙を極め、人の出入りも激しいエスタ大統領執務室だが、夕方になるとそれもだいぶ落ち着いてくる。一息いれようと、隣接する簡易キッチンから二人分のコーヒーを手にデスクへ近付く。ラグナの背後のエスタ市街を一望できるパノラマの窓から、茜色の陽光がさしていた。窓からさす西日が長い日なたを作り、ラグナの表情を影で隠した。

「俺、結婚するんだ」

澱みなく、自然に発せられた言葉だった。
緊張感も何も無いそれに、スコールは意味を理解するのに数瞬を要した。

「……そう、か」

口の中がやけに渇くと感じてコーヒーを一口含んだが、苦味も熱さも何も感じない。
相手の女性との出会い、どんな性格であるか、ラグナが次々に喋っていくのを別の世界の出来事のように聞いていた。

(聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない……)

女性を賛美するラグナの口を塞いでやりたかった。きっと、息子にこれから義理とは言え母になるであろう女性に良い印象を与えようとしたのだろうが、スコールはラグナの言葉を遮断しようと意識していた。それでも、鼓膜を震わす彼の心地好い声は、脳を強く揺さ振った。
胸が苦しいのは、空腹を感じ始めていた胃にコーヒーを流し込んだからだろうか。それでも癒えない渇きを潤すために、スコールはコーヒーを飲み干した。いつもならば芳醇な香りと僅かな酸味の中にすっきりとした苦味が残るそれに、相変わらず味は無い。
ようやくラグナを視界の正面に入れる。気恥ずかしくも嬉しそうに女性を語る様子は、彼女を愛しているのだとつぶさに感じることができた。

「…おめでとう」

ようやく口にできた言葉は不自然ではなかっただろうか。渇いた喉から声を絞り出すことに精一杯だったために、声音まで気を配る余裕は無かった。その一言を聞いてラグナは満足したのか、ようやくスコールが渡したコーヒーに口をつける。

「……帰るか」

重たくなった空気を感じ取ったのか、ラグナがコーヒーを飲み干して席を立つ。
夕日はエスタのビルに隠れ、執務室に夜の気配が漂いはじめていた。

|

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -