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シドは、小さな子供用のベッドの傍らで座る少女の姿を視界に認めると安堵したと同時に、申し訳なくなって視線を窓の外にそらした。大昔に起きたと言われる月の涙で荒廃したセントラは、天候も不安定なのか薄曇りであることが多い。そんな気候と、底冷えする石造りの家、そして潮風に弱いのだろう。今、ベッドの上で横たわっている子供は、体調を崩して寝込むことが頻繁にあった。本当なら、大人であるシドが傍にいてあげたいが、他の子供達も目が離せない。そんなとき、いつも少女が面倒をみてくれるのだ。

ベッドの上の子供の名前はスコール。激しい通り雨と名を同じくしてはいたが、そんな苛烈さは微塵も感じられない繊細な少年だった。間違いなく、今シドのもとにいる子供達の中では一番大人しい性格だろう。故に、よく他の子供達のからかいの的となり、その度に大きな瞳に涙を浮かべるのだった。
そんな彼が姉のように慕っているのが、今彼を看病しているエルオーネだ。生まれ故郷が同じでスコールが産まれたときも立ち会ったというエルオーネも、彼を弟のように可愛がっていた。

「レインも、よく熱を出していたの」

シドがいることに気付いたのだろう。世間話でもするようにエルオーネは語りはじめた。その声に、そらした視線を少女へと戻せば、昔を懐かしんでいるのか穏やかな顔の少女と目が合う。レインとは、スコールの実母であり両親を亡くしたエルオーネを引き取った女性だ。彼女とエルオーネは、親子とも姉妹とも言えない、どこか不思議だがしかし間違いなく強い間柄であったと、エルオーネをシドに預けたウィンヒルの住民から聞いていた。

「若い人はみんな都会にいくのに、体が弱いからウィンヒルから出ることが出来なかったの…きっと、そんなところが似ちゃったんだわ。ラグナおじさんなんか、風邪ひとつひいたことなかったのに」

歳のわりに大人びた雰囲気は、少年を守らなければならないという義務感からなのか、これまでにおくってきた人生がそうさせたのかは、シドにはわからない。彼女の生い立ちは書類上で知り得ることは出来たが、それに伴う彼女の感情までは汲み取ることができないからだ。
どちらにせよ、悲しい子供だと思う。
魔女戦争によって、エルオーネやスコールのようなみなしごは珍しくない。むしろ、孤児院に入ることができた子供はまだマシだ。デリングシティやティンバーのスラムでは、やせ細った子供達が今日の食べ物を求めて残飯を漁り、金欲しさに汚い大人達に騙され道を踏み外していくこともある。経営は少し苦しいとは言え、愛ある場で日々を暮らしていけるということは、ラッキーなことなのだ。
しかし、まだ幼い子供達がそんな事実を理解できるはずもない。あるのは、親との暖かな思い出と孤独、そして孤児院というかりそめの幸せ。それだけをなんとなく感じながら、いつか子供達は巣立っていくのだ。
エルオーネは、それをなんとなくではなくはっきりと理解している節があった。

スコールの額のタオルを手にとり、傍らに用意していた桶の水に浸して軽く絞ってから再び額に戻した。汗とタオルの水分で濡れた髪を、少女の手が掻き分ける。その手つきには、愛情が含まれているのがわかった。

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