揺れる | ナノ





V



暗い階段に座り込んだまま、美花の泣いている声を聞く

胸が締め付けられて
すぐにでも飛び出して

戻って抱きしめてやりたかった

でも…あいつは…由紀を

美花の側にも行けず、ここから離れる事も出来ず

俺にはなす術がなかった…



「篠原!藤堂は?」



由紀が美花を見つけた

もう、俺はここにはいられないな…

重たい体を持ち上げると、視界の端に二人の姿が目についた



「…っ!!」



由紀の腕の中で泣きじゃくる美花…

金縛りにあったみたいに動けなくなった

暗い廊下は月明かりに照らされて二人の姿をより浮かび上がらせていた

由紀の白衣がやけに映える…

視線を外す事もできない

その時、気がついた…

由紀の美花を抱きしめている腕に力が込められたのを…



――やっぱり…あいつも…



そう思うと、心の中に消えかかっていた美花への想いがまた沸々と湧いてきた

このまま大人しく引き下がって、あいつらを見るのか…?

俺は…
何の為に美花を迎えに化学準備室まで走ったんだ…

由紀に立たされて、準備室に入った二人の背中を追う

美花を泣かせたのも…俺…

手放したのも…俺…

そして、二人の姿を見て…すでに後悔してる…

もう…遅いか…?

















とりあえず、篠原を落ち着かせる為にもう一度準備室に戻った

はぁ〜…全く、俺らしくねぇな…

篠原をソファーに座らせる



「インスタントだけど、これ飲め…」

『…グスッ…ありがとうございます…』



湯気の立ち上るマグカップを篠原に渡すと、両手で包み込むように受け取る

指先がほんの少しだけ触れた

体だけじゃなく、手も小さい…

まだ、ガキじゃねぇか…

なのに…なぜこんなに気になるんだ

コイツの事が…



『っ!にがっ!!先生…これブラック…?』

「俺が砂糖やら、ミルクやら甘いのを入れて飲むと思うか?」

『…思いません…』



俺の一喝に言葉も返してこないほど落ち込んでいるのか…



「…あぁ、そういえば…」



ポットの周りを漁ると、スティック状の物を見つける



「ほら…これで少しはマシだろう…」



不思議そうにそれを受け取る篠原の顔はやっぱりまだ幼い少女のようで…



「なんて顔してんだ…」

『…だって…先生らしくないから…』



器用にスティックを二つに割り、中の砂糖がサラサラと液体の中に落ちていく

まるでスローモーションを見ているような不思議な感覚



「俺らしいって何だ…?」

『…私がブラックのコーヒー苦手なのがわかっても、先生なら砂糖なんてくれないと思うから…』

「フッ…」



意外と俺の事、わかってんじゃねぇか…

やっぱ、俺らしくないよなぁ…

ふと、廊下の違和感に気づく

やっぱり、藤堂は帰ってなかったな…



「おい!」

『は、はい!!』

「何をするにも遅すぎるって事はないんだ。《諦めない》って事をやり通せば、どうにかなるもんだ」



何言ってんだ…俺は…

篠原にではなく、廊下にいる藤堂に言ってるな…



「始める前に諦めてたら、その時点でそいつの負けだ。」

『…?…せんせ…?』

「篠原、何を迷っているのかは知らんが、立ち止まるな!とことん、悩め。今、この瞬間を逃したらもう二度とこの時間は戻らないぞ」



黙ってマグカップを見つめる篠原…

伏し目に寄り添う睫毛が…色っぽく感じる

一秒一秒…こいつは大人になっているのか…

いつまでも少女のままではいられないか…って…

俺はガキには興味ないぞ



『…先生、私、わからないんです。藤堂くんの事、好きです。さっき、彼も私の事を好きだと言ってくれました…。でも、それにすぐに答えられなかったんです…』

「はは〜ん。それで、藤堂は尻尾巻いて逃げたのか…。あいつもまだまだガキだな…」



ちらりとドアに目をやる…

聞いているはずなのに、あいつは行動しないのか…



「チッ…」



どんだけヘタレなんだ、あいつは…

だったら、俺がこいつを…



「篠原、あんな奴やめて俺にしろ!」

『…せ、先生…?』



篠原に歩み寄りソファーに片膝をついて、顔を近付け迫り気味に笑みを浮かべる



『や、やめてください…』



俺から顔を背け、真っ赤になる



ガラッ



「由紀!てめぇ!!」



やっと来たか…藤堂…

遅ぇんだよ



「あぁ?お前、帰ったんじゃなかったのか…」

『…れ、零…!!』


















先生の淹れてくれたコーヒーは、ブラックで大人の味がした

私には…濃すぎる

それが、私と先生の違いなのだろうか…

先生の言葉は、私の胸にすんなりと入ってきた

遠回りしてもいいから…今、考えられるだけ考えて、たくさん悩め

考える事までも諦めてしまったら…その時点で何も手に入らないと…



「篠原、あんな奴やめて俺にしろ!」

『…せ、先生…?』



先生がソファーに片膝をついて、顔を近づけてくる

いいの?

このまま先生と…なんて…

自分の気持ちがまだ何も固まってないのに…?

悩めって言ったのは、先生なのに…

ニヤリと口の端をあげて笑う先生…

怖い…かも…



「わかるか?好きな奴とじゃないと、これ以上の事なんてできねぇんだよ…」



耳元で囁いた先生の言葉…

その時の先生の表情にドキッとする

私の心の内を先生は知っているのかもしれない









全てが…

刻まれていく…



揺れが止まる瞬間は、すぐそこまで来ていた…














2010.03.07

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