3 散り急ぐ蓮の如し
「へっくしゅん!」
銀髪の少年が盛大にくしゃみをした。端正な顔立ちの彼は巽と顔立ちがとても似ている。が、醸し出す雰囲気は若干緩かった。
「ねぇ、興が削がれるようなくしゃみしないでよ」
隣で欠伸をしていた男性がじとりと彼を睨む。無造作に垂らした稲穂色の長髪が揺れた。
少年――巽の兄である神宮寺社は不機嫌そうに眉を寄せ男性の隣に寄り添う数人の遊女を盗み見る。
美女の類に入るだろう美しい顔(カンバセ)に艶やかしい肢体、そして噎(ム)せ返りそうになる程強烈な香。
社と視線が合った遊女の一人が蠱惑的に微笑んだ。
サッと視線を戻すが隣にいた男が遊女の胸元に手を入れようとする所が目に映り、またかとげんなりする。
「……隊長、何で遊女に手ぇ出してるんですか」
少し目を離した隙に自分の上司である風見風車(カザミカザグルマ)は遊女に手を出そうとしていた。
こんなのが参番隊の隊長でいいのかと、社は真剣に考えてしまう。
「ここを何処だと思ってんの? 遊廓だよ。座敷に男と女がいればやることは一つ――」
「確かに遊廓ですけど!今日は遊びに来たんじゃないんです!」
「…遊び心がないよね、杜(モリ)って」
「悪かったですね。と言うか杜じゃないです、社です」
「どっちだっていいじゃん」
(この人はっ)
――駄目だ、この人と会話すると体力がすり減る!!
何の為に此処に来ているのか分からなくなってくるが、社は冷静に深呼吸をして畳に置いていた刀を手に取り立ち上がる。
ついでに近くにいた遊女に手燭を二つ頼み風見の方を見る。
「隊長、行きますよ。任務中なんですからいい加減にしないと灰名(カイナ)さんに告げ口しますからね」
“灰名”と言う言葉に風見が目を細める。ふうん――と口の端を上げ遊女の腰に回していた腕を解いた。
「良い度胸してるね、杜」
ゆっくりと立ち上がり刀を手に取る。笑っているように見えて目が笑っていない。
「あとで覚えおきなよ」と言いながら遊女が直ぐに用意した手燭を引ったくり、襖を開けて廊下に出た。
「やっと動く気になったか」
疲れるよなーと呟きながら社も手燭を受け取り後を追った。
* * *
ズンズンと廊下を早足で歩いて行き遊廓の一番奥を目指す。
途中店の旦那が血相を変えて風見と社を引き止めようとしたが、風見の恐ろしい睨みに旦那は黙り込んでしまった。
正に【蛇に睨まれた蛙】である。
目的地までの地図を頭に入れているのか、迷いなく進んでいると一つの木製の扉の前で立ち止まった。
すると懐から簪を一つ取り出し慣れた手つきで頑丈な鉄の錠に差し込む。ガチン――と、少し手を動かしただけで錠が解かれた。
「此処が祭の言っていた蛇蝎楼へ繋がる地下道だね」
家具一つない小さな部屋の真ん中に地下へと繋がる階段があった。
「…こんなのがそこらの遊廓にあるんですか」
社が階段の下を覗きながら呟く。階下は先すら見えぬ暗闇。
手燭の灯りがなければ足を踏み外してしまうだろう。
「驚くことはないよ。地下で遊廓と繋がっていればいろいろとやりやすいんでしょ」
此処同様、蛇蝎楼と繋がっている遊廓に参番隊の隊士を数人に分けて配置してある。蛇蝎楼での戦いで逃げてくるであろう者達を逃がさぬ為に。
風見が先に階段を下りて行く。社もその後を追うが階段は思ったよりも長い。
やっと階段を下りきるがその先は真っ直ぐ平坦な道が続いていた。
「隊長、一つ訊いていいですか?」
「嫌だ」
先を歩きながら即答で拒否され社はうっと出鼻を挫かれる。あまりの情けなさに頑張れ、俺! と自分で自分を応援してしまった。
「真面目に聞いて下さい! ……何で、俺を副隊長にしたんですか」
――何で貴方は俺を選んだんですか…?
零騎隊の各隊長は副隊長を自分で決める。風見は不在だった参番隊副隊長にまだ若い社を選んだ。社を含め参番隊の者達は彼ではなくある人物が副隊長になるのではないかと思っていたのに――。
「俺より“燐(リン)”さんの方がずっと…――」
「前にも言ったでしょ、『俺と似ているから副隊長にした』って」
「……どこが貴方に似てるんですか」
「認めたくないけれど、【好いた奴に振り向いてもらえないところ】とか」
「俺は“まだ”失恋してませんから!!」
「ふん、相手にしてもらえないんじゃ失恋したも同然だね。いつか横から奪われるよ」
「…貴方じゃないんですからそんな失敗しません」
「どうだか…――」
最後に風見は何かを呟いたがそれは複数の走る音に掻き消え、社の耳に入ることはなかった。
直ぐに二人は手燭の火を吹き消し駆け出す。
後ろから聞こえてきた音は先程までいた遊廓から放たれた破落戸(ゴロツキ)だろう。
こんな狭い通路で斬り合いになるのが面倒なので広い場所に出ようと長い道を走る。
遊廓にあったのと同じ階段を見つけ駆け上がった。上からは光が零れており騒々しい音が聞こえてくる。
「ここは…」
眼前に闘技場が視界に映る。
かなり広いソコは観客席まで完備していて相当な面積があるだろう。
風にのり血の臭いが漂ってきた。不愉快な顔をしながら社が刀の柄を握る。
「こんなことなら燐さんと一緒に屯所警備にすれば良かった」
「今更後悔さても遅いよ。それにそんなことしたら燐がこっちに来ることになるじゃん」
「別に良いじゃないですか」
「駄目。…アイツを今動かす訳にはいかないよ」
「は?」
(俺と祭の勘が正しいなら、アイツはきっと――)
風見はそのまま考えを止め鞘から刀を抜く。そして目の前で遊廓の方に逃げ込もうと闘技場に現れた男共を斬り捨てた。
「まったく、黙りですか」
軽く溜め息をつきながら風見に背中を向け、遊廓の方から走ってきた破落戸に刃を向ける。
「零騎隊に刃向かうなら斬り捨てる!」
美しい刀が一閃した――。
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