2 散り急ぐ蓮の如し



 蛇蝎楼(ダカツロウ)――。
 そこは殺人鬼達の殺し合いを見世物にした賭博闘技場。
 始まりは権力者や幕府が犯罪者の中から優秀な者を選り分けて手駒として飼うためと、表向きには裁けない者を放り込み閉鎖空間で精神を狂わせ殺し合いをさせ罪を後悔させるための施設だった。
 だがいつしかそれに権力者が出資し、賭事が始まり、一度は廃止されるも裏社会で密かに存続していた歴史の闇を象徴する場所である。

「なあ、これからどうするよ」

 そんな蛇蝎楼の一角、二階にある遊廓のような建物の中で大勢の男達が思い思いに暮らしていた。

「ああ? どうするもこうするも無いだろ。俺達の頭は死んだんだ、何もする必要はないさ」
「だが晴れて自由の身…って訳でもないだろ。まだ幕府がいる」
「幕府がある限り俺等はこの監獄の中、か。…頭がいた方がまだマシだ。派閥があったがちゃんと纏まっていた」
「新しく頭になろうとする奴等も増えるだろうな、いつか一騒動起きる」
「…全部“宵瑯”のせいだ。アイツがいなけきゃこんなことにはなっていない」

 髭面の男が憎々しげに唸った。
 “宵瑯”がいなければ頭も殺されずに済んだ――と。

「でもよ、俺…怖ええよ」

 俺の言葉に賛同する者が多い中、一人の青年がガタガタと震えていた。

「まだ十を少し過ぎたガキだけどよ…俺……アイツがこの世で一番恐ろしい」

 この場にいる全員が“宵瑯”を思い出した。
 まだ幼い少年が人形のように感情を削ぎ落としその手で大の大人を殺してきた姿を。
 血に染まるその姿は異様に美しく、ある者は少年に溺れ、またある者は畏怖を抱く。
 最凶の殺人鬼――。

「アイツは此処から抜け出して何を――」

 男が言葉を続けることは出来なかった。
 大きな音を立てて堅固な壁が真っ二つになりそれの下敷きになったのだ。

 轟音が響く。
 男達は驚きながら散り散りに逃げ惑う。そこに良く通る男の声がした。

「零騎隊だぁっ!! 今から蛇蝎楼を一斉に取り締まる。逃げる奴は容赦なく斬るからな覚悟しろ!!」

 真っ二つになった壁から短い黒髪と白い羽織りが垣間見える。

「ぜ…零騎隊だ…逃げろぉぉっ!!」

 蛇蝎楼が騒然となった。
 突如現れた零騎隊の者達は逃げる者、立ち向かう者全てを斬り捨てる。
「鬼十院(キジュウイン)隊長、そこは普通総隊長が言う台詞なんじゃないですか…?」
「ふん、魁(サキガケ)は任せたと総隊長自らのお達しだ」
「そうですか、なら文句言えないです…ね!」

 白刃が閃く。
 銀髪の青年が襲い掛かってきた男を斬ったのだ。
 次々と後ろから隊士達が続々と現れる中、銀色の髪が見えた。

「おい! コイツ女だぞ! やっちまえ!!」

 髭面の男が銀色の髪を高く結った者が女だと気がつき、数人で少女を囲む形を取った。

「へっへっへ、嬢ちゃん…アンタ総隊長が何処にいるか知ってるか? 知ってたら教えてくれよぅ」
「……教えたら、どうするの?」
「お前を殺して総隊長を殺るんだよ! どうせ来てるんだろ? 」
「えぇ、いるよ。ここに」

 少女の凜とした左目が微かに細められた。

「なっ――」

 気づいた時には男は袈裟斬りに斬られていた。いつ刀を抜いたのかさえ気づかずに男はそのまま倒れた。

 周りにいた男達は驚いて何も出来なかった。
 少女が刀を振り下ろした時でさえ――。

「衝撃的だろな」
「隊長…?」
「こんな小娘が零騎隊の総隊長なんざ中々信じられん」
「……分からなくもないですね」

 次々と襲いかかってくる敵を凪ぎ払いながら、鬼十院道洩(ドウセツ)は少女を見る。


「道洩さんに巽、少し酷くない?」

 少女、紫憧蓮は道洩達の側に膨れっ面で現れた。
 
「事実だと思うが…」

 神宮寺巽は溜め息を零し刀を握る。
 会話をしながらも手を止めない三人は隊士達にこの場を任せ地下へと続く道を探しだす。


* * *

 ふと、藤色の髪が蓮の視界に映った。ハッとそちらの方に視線を向け思わず彼(カ)の人を捜してしまう。

(浪其!?)

 だが其処には屍の山しかなく落胆した彼女は後ろから襲ってきた男に気づかなかった。

「ボサッとすんじゃねぇ!!」

 怒号が響き血飛沫が上がる。
 男を斬った道洩はそのまま刀の鞘で蓮の額を思いっきりド突いた。

「いっ!?」

 手加減無しにド突かれた蓮は涙目で額を手で押さえる。
 

「蓮!?」

 巽はすぐさま蓮に駆け寄ると見事に額に出来たタンコブを見つけ引きつった表情で道洩を見る。

「蓮、いい加減にしろよ。アイツがこんな所にいるわけねぇだろうが」
「……鬼道洩」
「なんか言ったか?」 
「いーえ別に!!」

 タンコブを撫でながら道洩が見つけた地下に続く階段を駆け下りる。
 ぶつくさ文句を言えば今度は殴られるだろうと思い蓮は黙っている。と、一羽の鷹が後ろから飛んできた。

「“青”か」

 青と呼ばれた鷹は真っ直ぐ道洩の所に降り銜(クワ)えていた文を道洩の手の平に落とす。
 直ぐ文に目を通すと道満は眉を寄せてそれを読み上げる。

「……参番隊の待機が整い四番隊及び弐番隊の後続突入開始。…蛇蝎楼の主の居所は今暫く待て、か」
「珍しいですね祭隊長の仕事が遅いなんて」

 後半部分を聞き、蓮は隠密部隊である四番隊隊長、青波祭(アオナミマツリ)を思いだす。
 あの仕事の早い人が未だに主の居場所を特定出来ないとは――。

「チッ、まあいい。逃げようにも参番隊がいるからな逃げられる心配は無い」

 ――それよりもさっさと地下へ急ぐぞ。

 青を己の主の元へ戻し急いで階段を下る。

(参番隊か…社、大丈夫かな…)

 地下を目指しながら蓮は幼なじみのことを心配していた――。



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