1 散り急ぐ蓮の如し
ぽちゃん、と杯に落ちた最後の滴を男はぼんやりと眺めていた。
隣で酒を注いでいた美しい女が新しい酒を用意するが男は手でそれを遮り小さな波紋を見つめる。
「この世は何が起こるか分からんな」
そう呟き一気に酒を飲み干す。そのままゆったりと遊女に寄りかかり暗い天井を見上げた。
「膝枕、しましょうか?」
真っ赤な紅を注した唇で蠱惑的に囁き女が男の手を取る。
緩慢な動作で女の膝に横になると男は長い疲れから開放されたかのように長い長い溜め息を吐いた。
「疲れているのですね」
女がサラリと男の髪を撫でる。男は目を細めながら女を見上げ口を開いた。
「ああ、疲れたさ。あんな事件があった後だからな」
「……詳しくは存じ上げませんが“宵瑯(ショウロウ)"が、逃げたと…?」
「…そうだ。己の頭である“薄墨(ウスズミ)”や他の主だった頭達の首を落としてな。多くの殺人鬼がアレと共に下った」
「恐ろしいこと…。“宵瑯”が地上に放たれるなど、鬼神を江戸に招くようなものですわ」
「全くだ。俺等も上には手出し出来ん。……ま、今の此処の状況では到底無理だろうさ」
男は女の射干玉(ヌバタマ)の髪を一房手に取り口付ける。
「夕顔…お前はまだ此処に留まるつもりか?」
夕顔と呼ばれた女がぴくりと肩を揺らし寂しそうに微笑んだ。
「……居続けては、いけませんか?」
「俺達の頭は死んだ。お前を縛りつけていたものはもういないんだ。俺が手引きしてやる。地上に戻れ」
「確かにあの方はもうおりません。それでも…私は――」
夕顔が言葉を続けようとした瞬間、近くの襖が勢いよく開いた。
「仙蓼(センリョウ)さん! た、大変だっ、零騎隊が襲撃してきた!!」
男が慌てて部屋に入ってきた時には仙蓼は起き上がり、夕顔の手を取り舌打ちをしていた。
「なんでこんな時に…。おい、直ぐに皆を呼べ。隠し扉から逃げるぞ!!」
懐から小刀を取り出し袖を肩まで捲る。急いで夕顔の手を引き部屋を出た。
彼の二の腕には仙蓼の刺青が美しく映えていた――。
(※仙蓼は現在で言う千両)
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