人物 | ナノ

3. 


「おっまたせにゃ〜☆」

 回想していたら、更衣室からみくが出てきた。着替えを終え、珍しく眼鏡をかけている。……いや、珍しくもないか。学校では眼鏡キャラらしいし。

「どうどう? はるにゃんに変装用メガネを選んでもらったのにゃ♪」

 カジュアルなフレームの眼鏡は、学校用の真面目眼鏡とはまた違った趣があり、みくにとてもよく似合っていた。流石は眼鏡ソムリエの春菜と言う他ない。眼鏡属性の無い俺でもうっかり目覚めそうなくらいに。
 心の中で春菜の手腕を褒め称えていると、みくが身を屈めて下から覗きこんで来た。挑発的な視線だ。

「んん〜っ!? みくに見とれてるのかにゃプロデューサーチャン?」

「正直に言うと、その通りだ」

「……直球で返されると照れるのにゃ」

 後ろ手に腕を組んでもじもじしている。普段はいっそあざといくらいなのに、自分が弄られるのにはとことん弱い。そんなところも可愛い。


 * *


 昼食は撮影スタジオ近くのファミレスで摂り(やはりみくはハンバーグを注文した)、ケーキを奢り、プレゼントに猫の写真集を渡した。以前みくが欲しがっていた物だ。

「改めて、誕生日おめでとう」

 みくはケーキをむぐむぐと食べ、ごくんと飲み込むと、本の感触を確かめるように表紙をなぞった。そしてその手を俺に伸ばす。

「このサプライズは気まぐれなみくも大満足だにゃ♪ 褒めたげる!」

 いつもと逆に、俺が頭を撫で撫でされてしまった。慣れない感覚だが、とりあえず喜んでくれたらしいから良しとする。
 そうやって一息ついた後、駅の中の繁華街を抜けて猫カフェへ向かった。一応予約は入れてある。

「個室制のカフェだからくつろげると思うぞ」

「この前テレビでやってたお店にゃ? ――あ、」

 みくが足を止めた。その視線を追うと、大きな看板広告があり――画面の中で卯月がココアを持ってスマイリングしていた。オーディションで掴んだ広告契約だ。卯月の安定感のある清純さが好評を博し、お陰様で夏季の清涼飲料水も担当することが決定している。
 うちのプロダクションはそのオーディションに、卯月以外にも数人のアイドルを参加させた。
 みくも、そのうちの一人で。
 結果は、あの看板の通りで。
 だけど俺は、自分の担当アイドルの中でどれだけみくに入れ込んでいても、猫可愛がりしていても、仕事まで融通を利かせることはしたくないし、しない。そんなのみくだって望んではいない。
 俺はこれでも節度は守っているつもりだ。

「お。島村卯月」

 大学生くらいの男が二人、同じ様に彼女を見上げていた。

「前にアニバーサリーライブ行ったんだけどさあ、猫耳付けて歌っててすっげぇ可愛かった」

「まじか。なんか最近猫系アイドル多くね? 意味わかんねぇし、正直安易っつーか、ぶっちゃけ飽きた」

「はぁ!? うずにゃん最高だろ!!!!!?」

「知らねえよ!!!!」

 男共が騒ぎ出したので、みくの手を引いてその場を離脱する。失敗だ、本来ならとっととこうすべきだった。みくにあんなの聞かせたくない。
 幸い目的地はすぐそこなので、すぐさま店内に入って受付を済ませた。






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