4.
通されたのは、パステル調の可愛らしい装飾が施された、暖かい個室だった。
猫が数匹いる。やんちゃそうな短毛種も、貫録ある長毛種も。各々好き勝手に寝ていたり、おもちゃにじゃれていたりする。
二人掛けのソファもあった。床には猫柄のクッションがいくつか。おもちゃは定番の猫じゃらしから、ボール、ネズミのぬいぐるみまであって、どれもカラフルだった。隅には猫ハウスや籠が置かれている。棚には猫の本が数冊並んでいた。ちなみにおやつは別料金だ。
こじんまりとした広さだが、猫と過ごすにはこれくらいが快適かもしれない。
これでようやく落ち着ける。そのはずだったが、みくは立ったままだった。
「…………」
アニバーサリーライブで事務所のアイドル達に猫耳を配って回っていたのは、他ならぬみくだった。
――にゃふふ、ねこみみアイドルを増やす大チャンスにゃあ!
そう、言っていた。
俺は横目でみくの様子を伺う。
みくは、無言だった。さっきから前髪のせいで表情が見えない。掴んだ手には力が無く、だらりと垂れたままだ。
「……みく?」
俺の口調も自然と恐る恐るといったものになってしまう。
みくの顔を覗き込み、空いている方の手を顔の前で振ってみた。
「……ま、前川さん?」
「……ネコパンチ☆」
「なんでだっ!!?」
「なんとなく!」
みぞおちに軽くグーを入れられた。まあ痛くは無いんだが、不意打ちはひどいんじゃないだろうか。
みくは鞄に手を入れると、片手で器用に猫耳を取り出した。
かぽっと、装着する。掴んでいるだけだった手が、繋がれる。指先が、絡まる。
そういえば、眼鏡をかけたままで猫耳をつけるのは初めてではないだろうか。
「……機嫌は直ったのか?」
てっきり猫アイドルとしてのアイデンティティがクライシスして落ち込んでいるものだと思っていたが、今の表情からはちっともそんなこと感じられなかった。
「心配させちゃったかにゃあ?」
傾げる首に頷きを返せば、繋いだ指先に力が籠った。始めはわずかに震えて、だけど段々としっかりとした感触に変わっていく。
「プロデューサーチャン、ゴメンね。あのね、みく、ホントはね、あんなこと言われてちょっと悔しかった。でも……ま、いっかって、そう思ったの」
あっけらかんと、笑って。
だって、と続けた。
「これだけアイドルがいても、みくの個性は絶対なの!」
高らかに。
「みくは負けないよ! 猫チャンなみくが一番かわいいって、みんなに認めてもらうから!」
宣言した。
「プロデューサーチャン、みくはこれからも、みくのまんまでいくから! ぜーったい自分を曲げないよ! 好きなものは好きだしっ。猫も仲間もプロデューサーチャンも♪ 自分にウソはつかないで、いくにゃ☆」
(ああ、そうか)
唐突に理解する。
(だから俺は、この子に惹かれたんだ)
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