2.
思えば、まゆは最初からそうだった。初めて出逢った時から、その眼差しは変わらない。
新人当時、仕事を覚えるために先輩に同行してあちこち回っていたわけだが。まゆとの出逢いはそのうちのひとつ、撮影スタジオだった。そこは偶々撮影が重なり、先輩のアイドル達の他に、読者モデル達もいた。
「貴女、アイドルに興味はありませんか!?」
私は彼女達に名刺を配って回っていた。
「アイドル……ですかぁ?」
その中の一人が佐久間まゆだった。その場にいた大勢の中で誰よりも鮮やかな、赤いリボン。その色に誘われるようにして、私は彼女に声を掛けていた。
彼女は私の顔と名刺を交互に見つめた後、じっと見上げてきた。そのまましばし、見つめ合う。他の娘達とは違い、困惑や戸惑いはそこになかった。ただ虚無を湛えた水底がそこにあった。
肌が泡立つ。
しかしそれに気付かないフリをして私は続ける。
「……なんていうか、貴女は他の子とは違うものを持っている気がするんですよ。誰にも負けない、目を離せなくなるような何かを。だって私、今、こんなにも貴女に惹きつけられている。怖いくらいに貴女から目を逸らせないでいる。それはきっとアイドルにとっての武器になります。だから、……だから、私と一緒にトップアイドルを目指してみませんか?」
「トップ……アイドル……」
私の熱弁に当てられたか、段々と彼女の顔が赤らんでいく。ぼんやりとして感情の見えない瞳の奥底に、何か揺らぐものが見えた。星の瞬きのようにかすかに、しかしはっきりとした温度を持つなにか。
* *
「お前、手当たり次第にスカウトしまくってたな」
「ティンときたらスカウトしろって教えて下さったのは先輩じゃないですか」
「それはそうだが……」
移動の車中で先輩が苦笑する。
「見ていてくださいよ先輩。もしかしたらあの子達の中の誰かが明日に輝くトップアイドルになるかもしれませんよ」
「そういうのは一人でも担当アイドルを持ってから言うんだよ、新人」
などと冗談半分で笑っていたら、翌日。
「まゆ、プロデューサーさんにプロデュースしてもらうために来たんですよ。うふ……ステキですよね…これって運命? ねぇ、貴女も運命……感じますよね? ねぇ? うふ……まゆの事、可愛がってくれますか?」
上司に呼び出された先、彼女はそこにいた。
両頬に手を添え、恍惚として上司のデスクの前に立っていた。
「プロデューサーさんの為に事務所も読モもやめたんです、うふふ」
顎が外れそうになった。
「……先輩、凄いですよ。明日に輝くトップアイドルが来ましたよ。しかも私をご指名です。見てくださいよ、つねった頬が痛いです」
「あーうん、そうな。俺もびっくりだわ。つーかお前も人前でほっぺたつねるのよしなさいよ」
まゆが着替えてレッスン室に現れるまでの間、私はどうにも落ち着かずにいた。通りすがった先輩に、ついつい興奮気味に話しかけてしまう。
先輩はガシガシと頭を掻いた。気遣われているのだろうが、あえていつも通りにぞんざいに相手をしてくれるのがありがたい。
「あんだけ熱烈なスカウトしたんだ、お前の責任もあるよなぁ……」
「熱烈って……。私、本気であの子に可能性を感じたんです。無限大の原石ですよ。だから本気で逃さないよう力が入りすぎたのかもしれません!」
「わあった、わあった」
「ところで先輩、昨晩はですね、赤い紐かなにかに絡みつかれる夢を見たんですよ。なんででしょうね?」
「それでのんきに首を傾げてられるお前がすごいわー……。ところであの子、佐久間さん? 来たぞ」
振り向くと、彼女が速足でこちらに向かって来るところだった。頬を上気させた姿は同性ながらも愛らしいと思った。
「佐久間さん、私のアイドルになってくれてありがとう」
くらり。彼女は衝撃を受けたようによろめいた。小さな声で「わ、私のアイドル……って……」などと言っているような気がしたが。
「まゆ、です。……まゆって呼んで下さい、プロデューサーさん。もっと砕けた感じでもいいですよ……?」
「じゃあ……まゆ。改めてよろしくね。……こんな感じでいいかな?」
「はい♪ こちらこそ、不束者ですが末永くよろしくお願いしますね。うふふ」
微笑む彼女の肩を抱き寄せ、私は先輩に指を突きつけた。
「と、いうわけで! 私はまゆをトップアイドルに導いてみせます!! それが私の夢!! 先輩の手塩にかけたアイドル達にも負けませんからね!!」
「オウコラ調子乗んなよ新人。ってーか隣、のぼせてないか?」
「え? ……わああ! ごめん、まゆ!!」
見れば、彼女は顔を真っ赤に染めてぷるぷると震えていた。
「ごめんね、馴れ馴れしすぎたよね!?」
「そういう問題じゃない気がするんだよなー……」
先輩がガシガシと頭を掻いた。
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