2.
オレンジ混じりのライトの下、少女達の躍動が空気を震わせていた。皆が皆、一糸乱れぬ動きで呼吸を合わせ、微笑み、歌い、踊り、跳ねる。いつか、ここよりもずっと眩いステージに立つ日を夢見て。
かくて、レッスン室は入室したばかりの俺ですら汗ばむほどの熱気に包まれていた。
時折トレーナーの鞭のような檄が飛び、その度に、どんどん動きが良くなっていく。
俺は指示の合間を縫って、トレーナーの女性に挨拶をすることにした。
「お疲れ様です。調子はどうですか」
「ああ、お疲れ様です、プロデューサー。彼女達はよくやっていますよ。レッスン開始時とは見違えるようです」
彼女はキリリとした笑顔を見せた。
「おっと、そろそろ休憩の時間だ。おいお前たち――」
彼女が腕時計を見て休憩時間を告げると、アイドル達は息を切らしてへたり込んだ。
俺はその中の一人に近づいて行った。
「お疲れ様、加蓮」
独特なツインテールをした少女――北条加蓮にドリンクとタオルを渡す。
「あ……、ありがとう」
受け取る加蓮の指先で、綺麗に整えられたネイルアートが輝いていた。
加蓮が一息つくのを待って話しかける。
「途中からだけど、見てたよ。動きにキレがあってかっこよかったぞ。加蓮は頑張っているな」
「そう? ふふっ」
加蓮は照れ臭そうに顔を綻ばせた。
「なんだかね、最近お仕事が楽しくて仕方ないんだ。アイドルとして、ちゃんとやりたくて、だからねプロデューサー、」
握り拳を作った加蓮がこちらを見上げる。
「はやく次のお仕事! って気持ちなんだ」
「加蓮、お前……」
「何?」
「初めて会った時は『アンタがアタシをアイドルにしてくれるの? でもアタシ特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか、なんかそーゆーキャラじゃないんだよね。体力ないし。それでもいい? ダメぇ?』なんて言ってたのに……随分と成長したなぁ……」
「も、もう……昔の事は恥ずかしいから、思い出さなくていいのっ」
思わず熱くなった目頭を抑えると、加蓮は拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
――最初に出会った時は正直言って、やる気のない奴だと思った。捻くれ気味だわ、文句は多いわ、すぐに休憩したがるわ、ネイルの話長いわ、こんなんじゃあ先が思いやられるとも。
だけど、交流を重ねるたびに、レッスンを繰り返すうちに、次第に加蓮は変わっていった。いや、本来の自分に戻ったと言うべきか。なんがかんだ文句を言いつつ仕事をサボったことは一度として無いし、根は真面目なんじゃないだろうか。
加蓮は子供の頃からずっとアイドルに憧れていたのだそうだ。
その頃の気持ちを思い出してからは、ひた向きに、真っ直ぐに、努力を重ねている。俺は、そんな真摯さがこいつの何よりの魅力だと思う。
だから俺も、さっきの加蓮の言葉ではないが、「プロデューサーとして、ちゃんとやらないと」という気持ちになるんだ。
「……ていうかなんでプロデューサーは加蓮のセリフを一字一句覚えてんの……」
「……凛、そこはツッコんじゃダメだと思うぜ」
加蓮の隣にいた筈の凛と奈緒はいつの間にか後退して、ひそひそと話し合っている。何故か二人共ジト目だ。
「二人ともさぁ、ただでさえレッスン室暑いんだから更に温度上げないでくれるかな」
「上げてないし!」
「凛、暑いなら空調下げるよう頼んで来ようか?」
「プロデューサー、違う違う、そういうことじゃなくて……」
奈緒は呆れ顔でドリンクをすすっている。
「……床、ヒンヤリしてて気持ちいいよ……?」
「こら小梅、いつも言っているが床に寝転ぶんじゃない」
言いつつ小梅を起こしてしていると、加蓮がいきなり俺の腕を引いてきた。心なしかその表情が不機嫌になっている気がする。
「プロデューサー!」
「ど、どうした加蓮」
腕がグイグイ引っ張られる。
「やっぱりね、さっきのレッスンの私、ちょっと納得いかない箇所があるの。だからプロデューサーの意見が聞きたいなって!」
「そ、そうか? 俺はあのままでも充分だと思ったんだがな……。詳しく聞かせてくれないか?」
仕事に妥協はしたくないのだろう。やはり初期の加蓮からは考えられないことだ。その成長と、素直にプロデューサーである俺を慕ってくれる姿が嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。
「あの加蓮がすっかりしおらしくなってまぁ……」
「言うだけ野暮だよ……」
それはそうと、なんであの二人は肩をすくめているんだ。
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