1.
リノリウム張りの床に白々と、蛍光灯の灯りが反射している。床も白、天井も白。清潔感はあるものの、どうしても無機質な印象を抱いてしまう内装。照らす、人工的な電灯。色々な薬品が混ざり合った病院特有の空気は、ここで過ごした時間の中でとっくに慣れきってしまった。しかしそんな生活も今日で終わりを迎える。長きに渡る……と言うと少し大袈裟だが、ともかく無事にリハビリを終え、晴れて退院となったのだ。天気は快晴。絶好の退院日和と言えるだろう。
それなのに、目の前の女の子のすすり泣きが止まない。
「もう泣くなよ……」
「……だって、もう会えないの?」
しゃくりを上げながら女の子が問う。おれは答えることができなかった。
彼女の正確な年齢は知らないが、年下の、それも小学校低学年くらいの女の子に泣かれて戸惑わずにいられる奴がいるだろうか。いたら尊敬する。
「あなたがいなくなったら、またひとりぼっちになっちゃう……。わたし、びょういんから出られるのかな。このまま、ここにずっといるのかな……」
女の子は呟いて俯いてしまう。諦めることに慣れたような声だった。パジャマの裾を握りしめる手が震えている。
おれが偶然仲良くなった年下の女の子は、長い入院生活に疲れていた。
だけど、おれは知っているんだ。例えばロビーのテレビで音楽番組――それもキラキラしたアイドルが映る番組が流れる時には、その表情を幼い憧憬と興奮に輝かせることを。
「こんなこと、おれが言えることじゃないかもしれないけど……おまえ、本当はアイドルになりたいんだろ?」
「……」
女の子の肩がびくりと揺れた。
「前に、あんな風に輝きたいって言っていたじゃないか。おれはおまえの泣いているところより、病気を治して、アイドルになって、キラキラの世界で笑って、歌って、踊って、輝いている姿が見たい」
「ムリだよ……」
消え入りそうな声にカッとなった。勢いのままに、叫ぶ。
「無理じゃない! やる前から諦めていたら何も変わらない!! おまえがつらいのはわかるけど、でも、だからって、諦めて動かないならずっと同じままだ!!」
おれはこの女の子の、どこか後ろ向きな、空虚な眼差しが苦手だった。
「夢を見ることを――諦めるな!!」
「じゃあ……」
女の子は顔を上げ、真っ直ぐおれを見上げた。何故か恥ずかしそうにもじもじと、耳まで真っ赤になっている。
そして、次に発せられた言葉は、おれを困惑させるには充分だった。
「もしわたしがアイドルになれたら……その時はわたしを――……」
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