酔っぱらい イゾウ


夜中。物音が聞こえた気がして振り向いた。特に何というわけでもない。もう寝ようかとしていたら扉を叩く音がした。…した?だってイゾウさんならもう開いてる。

『イズー?寝ちまったかァ?』
「あ、はあい」

サッチさんだ。気のせいじゃなかった。あれ、イゾウさんと飲んでるんじゃなかったか。つまみやら何やら用意させられてたが。

「どうし、…どうしました?」
「あー、ちょっとな」

視線はサッチさんの肩から下、担がれてる御仁。何。え、何?寝てんの?イゾウさんが?外で?いや、外で転た寝してることもなくはないけど。何か額が赤くなってる。

「…あ、えっと、運んで頂けたり?」
「おー、そのつもりよ。イズがイゾウ担ぐのは無理だろ」
「引きずるって手がありますけど」
「こんな重たい奴引きずれねェよ。まじで。意識がありゃァもうちょっとましだろうけどな」

ああ、じゃあ本当に寝てるんだ。担ぎ直したサッチさんが部屋を横切ってイゾウさんを投げる。布団も枕も下敷きにしてベッドを占領した様は、もしかしたら二度と見られないかもしれない。写真撮っとこ。

「これ酔ってるんですか?」
「あー、うん。まあ…ハルタがちょっと、な」
「ちょっと?」
「いや、ちょっとイゾウの酒の中身をだな…」
「何に変えたんですか?」
「…甘いやつ」
「甘いやつ?」
「カクテルみたいな、甘い酒飲むと酔うんだよ。大した度数でもねェんだけどな」

サッチさんは片手を上げて、そそくさと部屋を出て行った。どういう経緯かはさっぱりわからなかったけれども、イゾウさんがしてやられるとは。取り敢えずもうちょっと小っちゃくなってほしい。寝られない。

「イゾウさん、着替えないと皺になりますよ」

肩を揺すると寝息が返ってきた。もう一枚撮っとこ。まさか文句は言うまい

「んん、…サッチ」
「残念ながらサッチさんじゃありません」

女の子の名前だったらしばくぞ、この野郎。寝返りを打って浮いた背中から、腰に巻いていた着物を引っ張り抜いた。ちょっと乱暴だったけど、破れてないから許してもらおう。袖を合わせてざっくりざっくり畳んで、机に置く。お母ちゃんじゃないぞ。

「…イズル」
「はあい」
「イズル」
「何ですか」

最早俯せになってゆるり、と腕を伸ばしている。何その溶けかけたアイスみたいな声。まさかの明日忘れてるやつじゃない?そんなに酔う?

「イズル」

ベッドの傍らに近寄ったら、腕が腕に絡まってきた。強く引っ張られて頭のすぐ横に両手をつく。いつもと逆だ。わたしがイゾウさんを見下ろしている。なかなか新鮮で、ちょっと気分が良い。

「誘ってんのか?」
「何でそんな話になるんですか」
「脱がしてくれんだろ?」
「起きたんなら自分でやってください。皺になりますよ」

頬を撫でて襟足を弄る手が擽ったい。ぐ、と強く引っ張られて転がって、イゾウさんの頭越しに部屋が見えた。脱がないんですか。いや、脱いでほしいわけじゃないけど。

「サッチさん呼んできましょうか」
「いらねェ」
「…いらなくはないでしょう」
「イズル」

ぎゅう、と。背中に回った腕が強くきつくなった。胸元に顔を埋められて、傍目に見なくてもアウトだ。甘えられてるのか、これは。酔うと甘えたになるのか。

「イズル」
「…」
「イズル返事」
「はい、何ですかあ」

くぐもった声を聞きながら、片手をベッドと頭の隙間に捩じ込んだ。結われた髪を解いても癖はついたまま。ちょっと指で梳いたくらいじゃ直らない。本当に、いつもと逆だなあ。ちょっと恥ずかしいけど、これはこれで。楽しいと言うか、満足感。





目が覚めたら、いつも通りだった。イゾウさんは昨日の着物のままだったけど、わたしが抱え込まれている。いつ。どうやって替わったんだろう。全然気づかなかった。

「…おはよ、ございます…?」
「あの状況でお預けはねェよなァ」

ああ、起きてる。いや、起きてるのはわかってたけど、覚めてる。醒めてる。そして昨日のことも覚えている。

「酔ってたんじゃないんですか」
「酔ってねェよ」
「でも昨日サッチさんに担がれて、」
「寝たら醒める」
「…サッチさんの名前呼んで、あんなくたくただったのに?」
「悪かった、イズルと間違えたわけじゃねェ」

おん?何か。何か苛々してます、ね?ぐるん、と回った視界がイゾウさん越しに天井を見る。いつも通り…だけど、まさか待ってそんな、朝から。

「何で今…っ、」
「酔って押し倒したなんて思われちゃ我慢ならねェからなァ」
「そうじゃな」




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