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手首の縄は鉄製に代わって、首にも重たい枷がついた。別に騒いだわけでも脱走を企てたわけでもないのに。わたしは非力な一般庶民だぞ。

「35番出せ!」
「ひっ…い、いや!お願い!」

何度見たか。呼ばれる番号と、連れていかれる女の子。女の子ばっかり。そういう競りなんだろう。幕の向こうから、手を叩く音や人の声がする。抵抗すんなら、もっと早くにしないと。こんなところから逃げ場なんかない。

「落ち着いてるね」
「あの変な薬のせいじゃないですか」
「鎮静剤の?まさか。流石にもう切れてるよ」

どうだか。何回も何回も。何にもしてなくても。茫然自失じゃ値段もつかないだろうに。魚と一緒。新鮮で、活きが良くて、脂がのってるやつ。わたしはどれもないけどな。

「16番!」
「いってらっしゃい。高く売れてきてね」

知るか。わたしに言うな、客に言え。自分で言いたかないけど、そんな破格の値段がつくわけないじゃん。相場も何も知らないけどさ。

奇しくも、縁の深い番号だ。じゃらじゃらと音をさせて、引きずり出されたライトの下。落ちた客電の中に、薄ら浮かぶ人の顔。顔。顔。顔。ぞっとする。心臓がどきどき言ってる。

「さあ!皆さん、ご覧ください!ここにいるのは、極々普通で平凡な人間。色気も可愛げも些か物足りないことでしょう。しかし何と、この少女!彼の大海賊白ひげの愛娘!ご覧ください、このふてぶてしい態度!」

余計なお世話だ。誰が極々普通で平凡だよ。あんたらに売る愛想なんかねえわ。失礼にも程がある。高く売りたいならそれ相応の文句を寄越せ、下手くそ。

頭の中で並べ立てた悪態を飲むうちに、客席がざわざわし始めた。何、信じんの。刺青も何もないけど?ふてぶてしい態度だけで信じんの?うける。

「これだけでは皆さん、半信半疑と言った所でしょう。証拠となるものをご用意させて頂きました!」

一瞬の眩しさの後、鎖を引っ張られて鑪を踏む。転んだら傷物だぞ、ふざけんな。父さんからの手紙とかだったら泣く。そんなことになったら向こうに帰る。

「…あは、うける。盗撮じゃん。肖像権の侵害」
「奴隷風情が黙ってろ!」

マイクから離して、耳に届く罵声。言いたきゃ言ってろ。その分あんたの喉が潰れるだけだ。一週間も見下げられてればね。慣れるの。視線にも、罵倒にも、逆境にだって。

映し出された写真には、確かにわたしが映ってる。不愉快なことに、なかなかいい写真。まじむかつく。一緒に映ってる兄さんたちが、何だか随分、遠い昔に感じて。寂しいなんてこともない。夢でも見てたみたいな。

「さあ、皆さん!お分かり頂けたでしょうか!人質として使うも、憂さを晴らすも自由です!価格は80万ベリーから!」

札が幾つか上がる。連られて金額が上がる。高いんだか安いんだかよくわからない。でもまあ、随分と物好きがいたもんだ。父さんの名前はすごいらしい。…何か荒んだなあ。こんな場所にいても、悲しくない。

「170万!他、いらっしゃいませんでしょうか!」
「…ふふ、あはは、」
「あ?」

あれ、参ったな。笑いが止まらない。何か、だっておかしくて。こんな正体もわからない、極々普通で平凡な人間にこんな百何万も払うなんて。あは、おっかしい。笑い過ぎて泣けてきた。

「何だこいつ…おい!鎮静剤持ってこい!」
「ええー?別にいらないでしょ。大人しくて従順な白ひげの娘をご所望ですか?」
「黙れ!おい、早くしろ!」
「金しか脳のない皆さんお生憎様。どんだけ大金積んだって、わたしの価値なんか上がりませんよ。極々普通で平凡な、色気も愛想もないただの人間。憂さ晴らししようもんなら三日で死ぬわ」
「1,000万」

静まり返った客席で手が上がった。1,000万?馬鹿じゃないの?今の聞いてそんな払う気になる?そんなに金余ってんなら慈善事業にでも充てた方が余っ程利益出るんじゃない?

「い、1,000万が出ました…他ありますでしょうか…?」

僅かに残っていた札も一斉に下がった。最前の、真ん中にいる人だ。やたらピンクいからよく目立つ。何考えてるかわかんない感じ、が、ナンパ男とちょっと似てるかもしれない。

「では!1,000万で落札とさせて頂きま」



***

『イゾウ!』
「何だ」
『たぶん当たりだ!白ひげの娘が出るって噂を聞いてるやつがいるよい!』
「おい、エース飛ばせ!」
「これ以上速度出ねェよ!」
「いいから出せ!」
「…ったく、無茶言うぜ」




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