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正直、顔はよく覚えてない。というか見ていない。只、喋り方とか声の色とか。嫌な感じがする感じが。似てるなって。ざわざわする。

「流石は白ひげの船に乗ってるだけあるね。肝の座り方が違うや」
「…どうも」
「まあ、気が強いだけじゃどうにもできないんだけどね」

知ってる。でも、気が弱くたってどうにもならないなら、強い方がましだ。あんなのに命乞いなんかしたくない。

「もしかして、助けが来ると思ってる?」
「さあ?厄介者がいなくなって清々してるかもしれませんね」
「へェ、それは面白い見解だ」

とか言うわりに表情は変わらない。こういう人間の方が余っ程怖い。大丈夫。傷つけるなって言った。死にやしない。たぶん。

「…この船は、何ですか」
「只の商船だよ」
「只の商船で人身売買ですか」
「うん。頭がいい子は嫌いじゃないな」

別に良かねえわ。あんたの部下が悪いだけ。あんなのと比べないでほしい。人身売買なんて、人体にそれほどの有用性なんかないだろうに。

「奴隷なんて、随分と文化レベルの低い話ですね」
「普通じゃない?まあ、最終的に臓器も売ることになるかもしれないけどね」

普通って、そんな当たり前にあんの?地球じゃ百年以上前に廃止された制度だぞ。今でもゼロじゃないかもしれないけど。

「おれも君に聞きたいことがあったんだ」
「…何ですか」
「それ」
「はい?」
「キスマークだよね。もしかしてあのお兄ちゃん彼氏?」
「は…?」

とんとん、と自分の首の付け根を叩く仕草に疑問符が湧く。いや、何それ。そんなのつけられた覚えない。…待って。知らないうちにそんなのつけられてんの?

「そんなくっきり痕が残ってるのに、気づかなかったんだ?」
「…いや、えっと、」

待って。ちょっと混乱してる。そうして逸らした視界の端。鋭い針とメモリいっぱいの薄紫の液体。背中がぞわりとした。そもそも注射は嫌いだし。もしもそれが薬物で、依存性があったら。

「あれ、気づいちゃった?ま、君みたいな元気な子には、ちょっと大人しくしててもらわないとね」
「十分大人しくしてるじゃないですか」
「大人しい子はそんなにぺらぺら喋んないよ」

咄嗟に起き上がろうとした体に、負荷がかかる。そんな、体重幾つよ。のし掛かられたくらいで身動き取れないなんてことある?

「動かないでよ?」

押さえつけられた首と、横を向かされた顔。ぱたぱたと、滴が落ちてきた。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。絶対嫌だ。

「やめっ、」
「…そうそう、いい子だね」

視界が、ちかちかする。自分の呼吸音が、脈が、やたら大きく聞こえる。無理。やだ。なに、これ。こわい。

「助けに来てくれるといいね?」

ひどく、おとが、



***

「エース」
「…おい、大丈夫か?」
「問題ねェ」
「問題ねェって顔じゃねェぞ。寝てねェだろ」
「マルコの言ってたとこに行くんだろ?」
「…ストライカーは一人用だぞ?」
「頼む」
「…外れでも怒んなよ」
「何もできねェよりましだ」




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