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体が痛くて目が覚めた。ぎしり、と手首で縄が軋む。擦れて痛い。ここ何処だ。
波打ち際を歩いてて、首を絞められた記憶まではある。誘拐なんてものの当事者になる日が来るとは。確かにわたしの危機管理能力はゼロかもしれない。

体に馴染んだ揺れは船の上。板張りの床と壁。それから、人。

「おねえさん、だいじょうぶ?」
「…ん、大丈夫」

すぐ隣に座っていた真っ赤な髪の女の子が、わたしの顔を覗き込んだ。口角を上げれば、眉が下がる。大丈夫。落ち着いてる。手足もある。生きてるなら、まだ何だってできる。

体を起こして見渡した部屋の中には、女の子ばかり。20人はいる。何だ。何の船だ。嫌な言葉が頭を過る。一人で歩き回るなって言ってたのはこれか。言うこと聞かなくてごめんなさい。

「これ、何の船か知ってる?」
「わかんない」
「そっか」
「マチ、もうぱぱとままにあえない?」
「大丈夫。もうちょっと頑張ろうか」
「うん」

会える保証はないけどな。逃げ出せたって、この子の、マチの故郷は知らない。親が無事でいる保証もない。この世界はわたしが思ってたよりも殺伐としてる。それでも嫌いになれないなんて笑っちゃうね。気張れ。自力で頑張る時だ。助けを待つだけなんて、絶対にしない。

バァン、と。扉がいきなり開いた。よく壊れないな。普通なら外れるぞ。投げられたのは数個のパン。どう見ても人数分には足りない。商品なら品質管理が最優先だろうに。特に女の子は。肉付きがいい方が高く売れると思うんだけど。

「…うっ、ふぇ…」
「大丈夫」

…まあ、そりゃあ、大丈夫じゃないよなあ。ほんの気持ち程度の慰めに頬を擦り寄せたら、もっと泣いてしまった。一人が泣き始めれば、それが連鎖してしまう。駄目だ。わたしにお姉ちゃんは向いてない。

「うるっせェな!めそめそ泣いてんのはどいつだ!?」

ばしん、と鞭が床を打った。マチが体をすくませて息を飲む。わたしにとっては、兄さんたちとどっこいどっこい。似たようなもんだ、怖くない。大丈夫。あんなもんじゃ死なない。

「何だてめェ、文句でもあんのか!?」
「…文句は腐るほどありますが」
「あァ!?」

つい口が滑ったけど、こいつに言ってもしょうがない。こういう、怒鳴るしか脳のないやつは大体下っ端だ。まあ、上の人間に言ったところで、待遇も処遇も変わんないだろうけど…っ、

「てめェ、もう一辺言ってみろ!」
「きゃああっ、」

…いや、悲鳴上げたいのわたしなんだけど。誰よ、代わりに悲鳴上げたの。そんな可愛い悲鳴どうやって上げるの。
わたしを投げた男が、倒れたわたしの胸ぐらを掴む。参った。殴られるかも。

「何やってんの?」

男が振り上げた拳が、わたしに当たる前に止まった。誰だ。誰かが助けに来るなんて、そんな淡い期待は、…ちょっとしたいけど。

「傷つけんなって言ったよな?てめェの頭には脳みそが詰まってねェのか?」

…誰だ。何か見覚えがある気もするが。取り敢えず味方じゃないのはわかった。へこへこと、今の横暴な振る舞いなどなかったかのように部屋から出ていく。頭のすぐ傍ににしゃがみ込んで、倒れたままのわたしを見下ろす張りついた笑顔。わかった。ナンパ男だ。何でこんなとこにいるんだ。



***

「イズがいないって、どういうこと!?」
「今探してる。リリーたちは船にいろい」
「探してるって、イゾウは?」
「…今は会わねェ方がいい」
「マルコ。この数時間で、船が出た形跡はないらしい」
「じゃあ…っ、島内にいるのね?」
「…いや、島内にいるんならもう見つけてる」
「エース呼んでこい。おれも出る」




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