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ロハンさんが女の子にでれでれしてる所は見たくないなあ、と思ってたけど、そういうわけじゃなかったらしい。心配してくれてたんだって。ありがとう。でもわたしはロハンさんの方が心配。

「お前、何しに来たんだよい…」
「いや、イズに行かせんのは、やっぱりまずいと思ったんですけど…」
「なら来る前に止めろい」
「すんません…」
「別にいいんですよ。わたしが言い出したんだから」

水を飲むロハンさんの背中を擦る。吐くまではいかないみたいだけど、気持ち悪いらしい。慣れれば大丈夫だって言うけど、本当に大丈夫か。
一緒に来たガザさんとかゼイフラさんは楽しそうだ。うん。君たちは予想通り。掌の上で踊ってる。いっそ、微笑ましい。
イゾウさんの卓は相変わらず。女の子たちがきゃっきゃしている。…やっぱりわたし、邪魔かなあ。

「イゾウさんてこういうお店来るんですか?」
「あの様子見てて、来ると思うのかよい」
「いえ、あの様子を見てると来ないだろうな、と思うんですけど。サッチさんが、イゾウさんが女に困ってるとこなんて見たことないって言ってたから」
「…何でサッチ隊長は余計なこと言うんだ…?」
「あ、別に予想つくんで大丈夫です。さっきも大量に女の子釣ってましたから」
「まァ、困ってんのは見たことねェよい。女の方から寄ってくるからねい」
「ふふ、光に集まる虫みたい」
「…イズ?」
「オフレコで」

ちょっと口が滑っちゃった。てへぺろ。思いの外、わたしも苛々しているらしい。何だろう。何に苛々してるんだろう。

「わたし、何に苛々してるんですかね?」
「…イゾウが他の女といんのが嫌なんじゃねェのかよい?」
「いえ、それはないです。だって、あのお姉さんたちの方が魅力的だもの。例えばイゾウさんが乗り換えるって言ったら、ああ、正気に戻ったんだなって思います」
「それはそれでどうなんだ…?」

何だろう。何かこの、無意味な感じが。あ、そっか。わたしやりたいこといっぱいあるんだ。ここでこんな風に、興味のないことに時間を食い潰してる暇はないんだ。

「帰ります」
「イズ?」
「いえ、イゾウさんがあんな感じなら、わたしはいてもいなくても一緒だし、他にやりたいこといっぱいあるし。やりたくないことに時間割いてる暇はなかったんで」
「それで苛々してたってことか?」
「ような気がします」

グラスを空けて、お姉さんに手を振った。海でだって泳ぎたいし、雑貨屋さんがあるなら見たい。買う買わないは別だけど、見たことないものとか、知らないこと。いっぱい見たいし、知りたいんだもの。

店を出たら、空気が美味しかった。やっぱり臭いついた。服をぱたぱた揺すったくらいじゃ、落ちてくれそうにない。道は、…ちょっと怪しいけど。最悪、海岸線を回って行けばどうにかなる。

「お嬢さん」

お嬢さんて。すごい文句だな。お姉さんとかじゃないんだ。初めて聞いた。

「ねえ、無視しないでよ。白い服のお嬢さん」
「…わたし?」
「そうそう。可愛かったからつい。お茶しようよ」
「結構です」

はー。そんなに上手くいかなかったの?どんまい。日を改めたらいいんじゃないかな。

「そんなつれないこと言わないで。美味しいお店知ってるんだ」

どこぞのお姉さんと同じか!もうちょっと頭使おうぜ!そして腕を掴むな!

「離して頂けます?」
「腕細いね。このまま折れちゃいそうだ」
「普通です。離して」
「離したらどっか行っちゃうんだろ?おれと楽しいことしようよ」
「何が楽しいかはわたしが決める。あんたじゃない。わたしはあんたといることにこれっぽっちも価値を感じないのわかったら離せ!」
「はは、すごいな」

ざわざわする。何かまずい気がする。力じゃ敵わない。当然だ。わたしは普通で、相手は男だ。

「名前、何て言うの?幾つ?」

離せ。離せ離せ離せ。離せ!触んないでよ。誰の許可取って触ってんだ。腕は髪と違って、切り落とすわけにいかないんだぞ!

「あれ、黙り?寂しいなあ」

嫌だ。嫌なんだってば。ねえ、イゾウさん。



***

「イゾウ」
「あァ?」
「イズルが帰るっつって出てったよい」
「…は?」
「おれが見てる。行ってきていいよい」
「えー、お兄さん帰っちゃうの?」
「もうちょっといいじゃない。きっと大丈夫、よ、」
「死にたくなきゃァ、今すぐ離せ」
「…ったく、世話の焼けるやつらだねい」




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