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次から次へと。お客さんが途切れない。すごい。わたしにじゃなくて、イゾウさんに。きれいなお姉さんが入れ替わり立ち替わり口説きに来る。甘ったるい声と香水をつけて。わたしはこういう女になりたくないしなれないと思うけど、素直に尊敬するよ。わたしがいないかのように振る舞える図太さとかな!

「眉間の皺取れなくなりますよ」
「帰りてェ…」

ありゃ、弱音を吐くなんて珍しい。余っ程参ってるんだなあ。顔がいいってのも大変ですね。あ、また来た。

「お兄さん、良かったらお茶していかない?」
「…」
「もう、無視しないで。美味しいお店知ってるの」

伸びてきた手を、イゾウさんが払い除ける。すごいね。一っ言も喋らないのに、お姉さんたちめげないもんね。たぶん、本当に帰りたいんだろうなあ。わたしも帰りたい。

目的の店に着くまでに、両手じゃ足りないくらいのお姉さんが来た。すごい。本当にすごい。イゾウさんもすごいし、お姉さん方もすごい。飢えてんのね。お気の毒様。
店の扉を開けたら、酒と香水と煙草の臭いがした。ちょっと待って。臭いだけで悪酔いしそう。

「平気か?」
「大丈夫です」

見知った顔が、きれいなお姉さんにでれでれしている。あんまり見たくなかったなあ…。絶対もっといい人いるのに。何て言うのは失礼だけども。

「…お前、イズル連れてきてどうすんだよい」
「イズルがいねェんなら来ねェ」
「一応、わかってて来てるんでお構い無く」

カウンターに座っていたマルコさんが眉を寄せる。そりゃそうだ。基本、女の子が来るような店じゃない。店じゃないんだけど、ロハンさんが気の毒で。

何か、昨日誰かがやらかしたか何かで、隊長がお目付け役になったんだって。でも、イゾウさんは行きたくなかったんだって。だからって、ロハンさんに代わりに行けったってしょうがないでしょうよ。

「あら、可愛らしいお客さんね」
「邪魔はしませんからこの辺にいていいですか?」
「勿論。お酒は飲めるのかしら?」
「一応」

換気扇の下。比較的ましな場所。そのうち慣れるんだろうけど、これ服につくなあ。洗って落ちてくれたらいいんだけど。

「お兄さん、初めましての顔ね。あっちで一緒に飲みましょう?」
「飲まねェ」
「あ、イゾウ隊長!お疲れ様です!」
「ほら、お仲間が呼んでるわ。隊長さん」

あー、あの人死んだな。名前知らないけど。顔もあんまり見たことないけど。只でさえ苛々してんのに、火に爆弾投げてどうすんのさ。御愁傷様。

「…平気なのかよい」
「はい?何がですか?」

さっき挨拶をした、カウンターのお姉さんからグラスを貰う。あんまり度数は高くないって。ありがとうございます。

「イゾウが他の女といてもいいのかよい?」
「はあ、まあ…あの顔見てたら別にどうとも…」
「それもそうだねい…」

あんなに苛々してんの初めて見る。正直、船であの状態だったら、わたしは絶対近づかない。呼ばれても誰かと一緒じゃなきゃ嫌。姉さんとか。サッチさんとかエースさんとか。ロハンさんは、そういう時あんまり頼りにならない。

「あ、ちょっと嘘です」
「あァ?」
「わたしは一緒にいてあんなに苛々されることないから、ちょっと優越感」
「…お前も大概だよい」
「内緒ですよ?」

つい、笑みが溢れる。だって、わたしはこの人たちよりは好かれてるんだなあって。いいお店だと思うし、こんなにきれいで、素敵なお姉さんたちなのにね。でも、

「…イズル」
「何ですか?」
「やっぱり怒ってねェか?」
「いえ?怒ってないですけど」
「今、何考えたんだよい?」
「え?そのきれいなお姉さんに握られた手で触んないでねって思いました」
「それは、大丈夫じゃねェだろい…」

そう?というか、マルコさんイゾウさんと交代じゃないの?もしかして気に入ったお姉さんとかいた?

「もしかしてわたし邪魔ですか?」
「はァ?」
「だって、イゾウさんとマルコさん交代って聞いてたので」
「イズル一人にできるわけねェだろい」
「大丈夫ですよ。子供じゃないんだから。カウンターのお姉さんとお喋りしてます」
「おれがイゾウに殺されるってんだよい」
「そんな理不尽なことあります?」

…あるんだろうなあ。イゾウさん、実はわたしの前で猫被ってる説。本当はお姉さんたちとどっか行きたかったりするのかなあ。



***

「いや、別にお前のせいじゃねェって」
「イゾウ隊長がああいう店嫌いなのは、今に始まったことじゃねェだろ?」
「それに、ロハンは煙草とか香水とか駄目じゃん」
「匂いだけで酔うもんな」
「だからって、イズに行かせんのはまずいだろ…」




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