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浜に上がったら、イゾウさんがにこにこしていた。怖い。体は重いし、お腹も空いた。いい匂いがする。

「いつになったら戻って来んのかと思ってた」
「ごめんなさい?…あっ、ロハンさんのことは怒んないでください!わたしが我儘言ったんです!」
「別に怒ってねェよ」

濡れて頬っぺに張りついた髪を払われる。本当に?怒ってない?わたしは兎も角、後からロハンさんのこと怒ったりしないでよ。夕暮れ前から上がれって言ってたんだから。

「…イゾウさんは海入りません?」
「あ?何かあったか?」
「光の粒が…こう、泳いでて、すごいきれいだったから」

…ちょっと。ちょっとだけ。イゾウさんに見せたいなあと思っただけ。本当にちょっとだけ!

「…やっぱ何でもないです」
「ロハン」
「はい」
「絶対触らせんなよ」
「…はい」

そう言い置いて、イゾウさんがロハンさんに銃を渡す。ふたつ。…二つ?二丁も持ってんの?いや、そうじゃなくて。

「行くぞ」
「えっ、あの…本当に?」
「おれがイズルの誘いを断るわけねェだろ」
「だって、えっ、そんな大したものかはわかんないんですけど!」
「…おれに見せたいと思ってくれたんじゃねェのか?」

波打ち際で足が止まる。いや、でも…もう時間も経ってるしまだ見れるかわからないしわたしはすごいきれいだと思ったけどイゾウさんのお眼鏡に適うかはわかんないし、

「…思った。けど、」
「なら行くぞ」

手を引かれて、あっという間に膝まで浸かる。本当に?本当にいいの?

足が届かなくなる前に海に体を沈めれば、さっきとは打って変わって真っ暗な世界がある。底が見えない。怖くないのは、気分が高揚してるからだろうか。
追ってきたイゾウさんが、わたしの腕を掴む。反対の手で、海面を指差した。すごい。すごいの。泣きそう。今なら泣いてもばれないね。

「ぷはっ」
「はは、これはすげェな」
「すごい、星が流れてくみた、」

言い終えるより先に口が塞がった。しょっぱい。息ができない。

「んっ…、ぅ」
「は、」

笑うような息にぞわり、とする。溺れてるみたいだ。体に力が入らなくなって、ぞくぞくする。ちょっと、大分死にそう。

「…飛びきりきれいだった」
「うえっ、あっ、はい」

イゾウさんに片腕と背中を支えられて、わたしの手は着物にしがみついていた。口の中で、まだ感触が残ってる。

「ありがとうな」

溶けそうな目をして、今度は額にキスを落とす。わたしの脳は働くのを止めた。考えるだけで気が狂いそうなんだわ。



***

「イゾウが…?」
「イゾウ隊長が銃預けてったぞ」
「ロハン大丈夫か?」
「あんまり大丈夫じゃねェ」
「ロハン、ちょっとそれ貸してよ」
「やっ、やめてください!」
「別に濡らしたりしないよ?ちょっと試し撃ちするだけ」
「駄目です!ハルタ隊長でも駄目です!触らな…ちょっ、近寄らないでください!」




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