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空も海も、鮮やかな橙に染まっている。にも拘わらず、浜には遊び呆ける兄がいっぱいだ。それに混ざってるわけだから、人のこと言えないけど。心はいつまでも少年なのです。

「お前、まだ泳ぐつもりか」
「もうちょっとだけ?」
「さっきもそう言ってたぞ」
「…だって楽しくて」

付き添いのロハンさんが、浮き輪に掴まったまま溜め息を吐く。ちょっと前までルーカがいたけど、サッチさんに連れられてった。エースさんとかマルコさんは泳げないから、ビーチバレーみたいなのしてたけど。あれはビーチバレーじゃない。えらいおっかないボールだった。誘われたけど、絶対やらない。

「ロハンさん、先上がっていいですよ」
「お前一人にできるか」
「大丈夫です。いざって時に来てもらえれば」
「来る間に食われるだろうなァ」

そうですか。ロハンさんも大変そうね。わたしみたいなのの面倒見なきゃならないなんて。お気の毒様です。

「じゃあ、泳いできていいですか」
「…あァ、わかったよ。行ってこい」
「やったあ」

とぷん、と。もう何度目か。だって、岩肌を蹴る感触も、波に遊ばれる感覚も、魚がすぐ側を通りすぎるのも。何度やっても何度見ても楽しい。海の中で体をひっくり返せば、昼とは違う色の光が差している。きれいだ。海ってこんなにきれいなんだ。…あ、

「ロハンさん!」
「うおっ、…何だよ。何かあったか?」
「今、こう、目の前を…ちょっと見て。見て見て見て!」
「あァ?」

些か面倒くさそうに、わたしと一緒に潜る。絶対後悔しないから。どうしても誰かと共有したい。底まで泳いで振り返る。反射してるのか、発光してるのか。光の粒が泳いでいく。マリンスノーとかじゃない。何あれ。

「見ました!?」
「あ、あァ…すげェな」

再び浮き輪に掴まったロハンさんを余所に、また海に潜る。すごい。光が生きてる。イゾウさんにも見せたい。あの人、海入らないと思うけど。銃が濡れるからって言ってた。流石にそのくらいの聞き分けはある。

いつの間にか、空の端は緑色になっていた。通りで光が映えるわけだ。星空みたいになってるの。上から見たんじゃ、殆どわからないのに。

「イズ、そろそろ上がれ」
「…上がんなきゃ駄目ですか」
「夜の海は危ねェんだよ」
「…知らないわけじゃないですけど」

もっと見たい。もっと見てたい。欲を言うなら、…いやいやいや、待てわたし。待て、だ。ちょっと気分が高揚してるだけ。

「まだ入ってたかったら、イゾウ隊長に言え」
「…ごめんなさい。ありがとうございます」

流石に駄目って言うだろうなあ。わかってる。一応わかってるんだよ。わかってるのと聞き分けの良さは別ってだけで。


 
***

「いいなァ。楽しそうだ」
「沈むのなら得意だろい」
「マルコもだろ?」
「おれも泳ぎたい」
「ジョズが溺れたら、助けんの大変そうだな!」
「むう…」
「あ、今溺れたらイズが助けてくれんじゃねェか?」
「やめてやれ」
「蜂の巣になりてェのかよい」




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