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「脱げよ」
「嫌です」
「いいから脱げって」
「やめてください訴えますよ」
「どこにだよ。頼むから脱いでくれ。見てるだけで暑ィんだよ」
「なら見なきゃいいじゃないですか」

へばったわたしの隣にはエースさんが座っている。暑い暑いと言う割には涼しい顔だ。そりゃあ、着る服が少なければ暑くもないかもしれない。

「このクソ暑い中、何で上着なんか着てんだよ…」
「わたしの勝手です」

次の島の気候海域に入ってから、気温は上がるばっかりだ。暑い。空気が暑い。風がある分、外の方が涼しいけど。皆考えることは一緒なんだろう。甲板には兄さんも姉さんもいっぱいいる。…そう言えば、あの人どうなったんだろう。あの全身緑のするするさん。

「あつい…」
「やっぱ暑いんじゃねェか。脱げって。熱中症になるぞ」
「やだ」

エースさんに引っ張られた袖を直す。やめろ、伸びる。靴は履いてないんだから、それでとんとん。

「…死ぬぞ?」
「でも焼けたくないんです」
「死ぬくらいなら焼ける方がましだろ。汗だくじゃねェか」

エースさんの手が、頬を伝った汗を拭う。日が高くなって、陰が小さくなってきた。中に入る?それはそれできっついんだけど。

「あ、海入りたい」
「島に着いてからならいいんじゃねェか?」
「島着きました?」
「いや、まだ見えてもねェ」

知ってる。見えたらもっと騒がしくなるもんね。何で、皆そんな元気なの。どうしてこの炎天下で走り回れるのさ。

「うわっ、」
「あは、イズってば間抜けー」
「…何これ、しょっぱ」

何処から出てきたやら。少し離れた所で、水鉄砲を持ったリノンが笑っている。いきなり顔にかけるかね。本当に。何、これ。塩…海水?

「折角だから遊ぼうよ」
「…それ、人死んだりしない?」
「大丈夫。水は変形し易いから弾丸には向かないんだ」

何その恐ろしい理屈。変形しにくかったら死んじゃうの?確かにちょっと痛かったけど。

「遊ぶったって、それ一個だけじゃねェか」
「うん?おれが撃って、イズが逃げるんだよ?」
「わたし暑いだけじゃん」
「何言ってるの?イズが避けられるわけないじゃん」

ぱしゃん、と。今度は顔の横で壁に当たって跳ねた。いや、まあ、避けらんないけどさ。

「その海水どっから汲んでるの?」
「ん?あそこ」

ああ、なるほど。何かでっかい桶に人が群がってる。バケツみたいなのも幾つかある。

「お、何だ。やんのか?」
「うん」
「そうこなくっちゃ」

だって、ほら。やられっぱなしはねえ?舐められっぱなしも癪に障る。非力で?貧弱で?だからって噛みつかないわけじゃないんだから。



***

「…あー、冷てェ」
「お、リノン。出てくるなんて珍しいじゃねェか」
「流石に暑いもん。折角だから、イズで遊ぼうと思って」
「イズと、じゃねェのか」
「だってすごく弱いじゃん。弱すぎて予想が外れるから、見てて面白いんだよね」
「…待て、その水鉄砲改造してねェだろうな?」
「したよ?三段階調整にしたんだ。一番強いのなら、板くらい貫通する筈だよ」
「お前、…それ絶対イズに向けんなよ」




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