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船の中とは思えないような、工事現場みたいな音がする。得体の知れない何かでごっちゃな部屋の中は、ベッドの上と作業場くらいしか座るところがない。必然的に、わたしはベッドに座ってるんだけど。

「イズ!見て見て見て!」

振り返ったリノンが手に掲げるのは何の変哲もある傘。いや、何か、いっぱい刃物がついてる。持ってるだけで怪我しそう。

「これをこう、勢いよく開くと」

扉に向かって、傘を開いた。と、同時に傘についていた刃物が一斉に飛んでいく。…傘ってこう、湾曲してるじゃないですか。真っ直ぐ前に飛んでいかなかったから!わたしの横掠めてったから!

「一回しか使えないんだけどねー」
「…そういうのやる時は先に言って」
「あっ、ごめん。当たった?」
「当たってたら死んでる」

リノンはけろっと笑って、扉や壁に刺さった刃物を抜いていく。ここ数日、入り浸ってよくわかった。だから誰も寄りつかないんだな、この部屋。だって、下手に扉開けたら死ぬじゃん。

「イズ使う?」
「…隊長から武器持つなって言われてる」
「あー、イゾウ隊長だっけ。何で?」
「奪われる可能性があるから?」
「ふーん?なるほどね。でも、いざって時に何にも無いのも怖くない?イズ貧弱だし」
「普通です。それに、その傘はわたしが怪我しそう」
「んー、そっか」

そう言って、また何か作業を始める。リノンは雑だ。手つきじゃなくて、人の扱いが。別にそれで気楽だと思ってるからいいんだけど。敬称も敬語もどっか行っちゃったしね。

「ねえ、この板いるやつ?」
「わかんないけど、たぶんいらないやつ」
「貰っていい?」
「いいと思うよー」
「あと、これ借りても平気?」
「勝手に使ってー」

いいのか。全然振り向かなかったけど。一応許可は取ったぞ。10×20cmくらいの板と、彫刻刀。落ちてた。刃物を下に置くな。

「何作るの?」
「…リノンの部屋札?」
「えー、何それ。面白いこと考えるねー」
「暇だから」

折角だから鯨にするか。下書きしてないから、失敗しそうだけど。

無言のまま、暫く。別に珍しいことでもない。作業してるし、音が煩くて会話しにくいしでそもそもそんなにお喋りできない。だから入り浸ってるとこもある。別に何がどうとかないけど、こういうのがいい時もある。

「イズ、そろそろお迎えが来るんじゃない?」
「…今いいとこだから無理」

もうそんな時間か。リノンの予言通り、扉が開く。ノックしたのかは知らない。されても聞こえないし。

「イズル、昼飯」
「今無理です」
「…何やってんだ」
「暇潰しです」

リノンの名前を彫って、その周りを鯨の輪郭で囲む。まだ途中だけど、結構よくできてる気がする。

「イゾウ隊長、居座るんならドア閉めて」
「あァ」

何の音も聞こえないけど、ぎし、とベッドが傾いだ。別に、わたしのなんか見てたって面白くないよ。彫ってるだけだもん。

「先食べてください」
「いや、いい」

あ、そう。ロハンさんたち寂しがらない?くくっ、と腹のカーブを描く。いい感じでは?これ、わたしが欲しいかも。



***

「…イゾウ隊長まで戻って来ねェんだが」
「あいつ、よくそんな簡単に出入りできるよな。おれはできるだけ近寄りたくねェ」
「すげェ音するもんな。この前なんか扉に穴空いてたぞ」
「ふーん。おれも行ってみようかな」
「やめとけ!お前の為に、お前の命の為にやめとけ!」
「えっ、でもイズルは、」
「イズは言っても聞かねェんだよ!」




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