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寝返りを打ったらタオルが落ちた。窓から差した光が、床に陰を作っている。どんだけ寝たやら。時間の感覚もない。
拾ったタオルは大分温くなっていた。けど、体は結構楽。比較対象が38度じゃあ、あてにならないけど。

「イズ、目が覚めた?」
「…ん。今何時?」
「11時…ちょっと前くらいね。大分ましになったみたいで良かったわ」

頬やら首やらを触る手が気持ちいい。てことはまだ熱があるんだな。

「まだちょっとあるわね。痛い所とかはない?」
「大丈夫」
「イズの大丈夫は不安なのよね…」

失礼な。大丈夫じゃない時は大丈夫じゃないって言うぞ。只、わたしが大丈夫と思ってても、外から見ると大丈夫じゃないことがあるだけで。

「ご飯は食べられそう?」
「うん。お腹空いた」
「良かった。ちょっと待っててね」

昨日食べきらないで寝ちゃったからなあ。あのお粥どうしたんだろう。あ、もしかして歯磨きしてない。

しゃこしゃこと音をさせているうちにリタさんが帰ってきて、口を濯いでから体を拭いてくれた。絶対汗かいてるもんね。シャワーはまだ駄目だって。

そうしているうちにノックがみっつ。リタさんが返事をした。ノックする人も少ないこの船で、みっつするのは一人しかいない。いや、わたしも気をつけてるけど。

「イズル、具合はどう?」
「大丈夫」
「本当?良かった。ご飯持ってきたよ」
「ありがとう」

器を貰ったら、ルーカが椅子に座った。え、何。居座んの。今厨房めちゃめちゃ忙しいんじゃないの。

「…暇なの?」
「暇じゃないよ。下っ端はこき使われてばっかだからね」
「へえ。お疲れ様」
「イズルにそう言ってもらえるなら、頑張り甲斐があるよ」

あ、そう。物好きここに極まれりって感じ。取り敢えず仕事戻んなよ。怒られても知らないからね。

「イズルは、おれと会うの嫌だった?」
「別に?嫌だったら今すぐ叩き出してる」
「イズルのそういうところ、かっこいいよね」
「…どうも」

別に褒めたって何も出ないぞ。首を傾げながらうどん啜る。美味しい。ちゃんと味がする。

「何か、食べて寝てばっかで太りそう」
「何言ってるの?イズルはもうちょっと太らなきゃダメだよ」
「あら、いいこと言うじゃない。すぐあちこち動き回るんだから、もっと食べなきゃ駄目よね」
「ちゃんと食べてるってば」

そんなので意気投合しないでよ。毎日三食。奇跡的な数字よ?朝食べないとか、昼は夕方とか、夜は夜中だったんだから。そんなのと比べるのは大分失礼だと思うけど。

「ごちそうさまでした」
「おいしかった?」
「うん」
「実はね、今日のうどん、おれが作ったんだ」
「へえ。パスタ以外も作れるの」
「別にイタリア人だからってパスタばっかり食べてるわけじゃないよ!」
「知ってる。美味しかったよ」

わたしが何の気なしに言った言葉に、ルーカは一喜一憂する。本当、何がそんなにいいんだか。変な生き物。

「イズル、ごめんね」
「はい?」

頬に柔らかいのが触れた。反対側に添えられていた手が、名残惜し気に離れていく。その、イゾウさんもだけど、それ何なの?何を思って頬っぺにちゅうしてんの?いや、わたしもイゾウさんにしたけどさ。

「ごめんね。イズルが嫌がるってわかってるんだけど、すごく嬉しかったんだ」
「はあ、まあ、別にいいけど」
「本当に?怒ってない?」
「怒ってたら器投げてる」

というのは流石にないけど。怒鳴り返すくらいはしてる。ルーカが言ってるのが、わたしが最初の頃に言ってたことっていうのはわかるけど。いつまでも目の敵にしてられるほど暇じゃない。

ルーカに器を預ければ、お大事に、と残して出ていった。何かリタさんが呆れた顔してる。何…だって、ルーカの国じゃ挨拶…だっけ?アメリカだっけ?いや、わかってるけど。わざわざ目くじら立てる元気はないよ。

「後悔しても知らないわよ」
「そんなにまずい?」
「自覚がないの?それともないふりをしてるの?」
「…する気がない、かなあ。例えばロハンさんにされても何ともないし」
「どうも、認識にずれがあるのよね」
「ああ、うん。それはわかる」

だからといって、わたしから歩み寄るつもりもないんだけど。三つ子の魂百まで。20超えたら、認識なんてそうそう変わんないもの。



***

「どうした?」
「何が?」
「随分ご機嫌じゃねェか」
「まあね。イズルがうどんおいしかったって言ってくれたんだ」
「へェ、良かったな」
「あと、頬にキスしても怒らなかった」
「それは、…そうか」
「たぶんゾノがしても怒らないけどね」
「いや、おれはいい」
「ふーん、勿体ないね。イズルの頬っぺた柔らかかったよ」
「…そういう生々しい情報はいらねェんだが」




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