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静かなノックにサッチさんが答えて、扉が開くなり部屋の温度が下がった。ような気がした。…あっ、無理。泣く。

「何しやがった」
「いや、何もしてねェよ。殺気出すな」
「…おかゆの、あじがわかんなくて、つい」
「お前のせいじゃねェか」
「幾ら何でもとばっちりが過ぎんだろ…」

同意。イゾウさんどうした。序でに、今のはイゾウさんのせいだぞ。殺気だか何だか知らないけどやめてくれ。I am 病人。

「イズル、泣くと熱上がるぞ」
「すきでないてるわけじゃありません」
「…それもそうだな」

サッチさんと場所を代わって、頬を流れた涙を拭う。もう、何だろうね。頭がぼーっとしてるから、恥ずかしいも何も麻痺してる。

「あんまり他の奴に見せんじゃねェよ」

そう言って目尻に触れた、の、指じゃなかったな、今。何した。今、…舌?

「ん、止まったな」
「なんですか、いまの」
「もう一回するか?」
「ちがう。そういういみじゃ、」

今度は頬に、ちゅ、と音がする。心臓がぎゅっと絞られる。無理無理無理。わたしのキャパ超える。

「…イズ、お大事にな」
「いつまでいんだよ。とっとと出てけ」
「酷ェ仕打ちだな、おい」

本当に酷い仕打ちだな。サッチさんごめん。ありがと。でも、できることならこの人も一緒に連れて帰って。

「あァ、イズがイゾウに聞きたいことがあるってさ」

…この野郎。ありがたくねえわ。わたしはその迷案採用した覚えないぞ。もっと労れ。熱があんの!

「何かあったか」
「なんもないです」
「でも聞きたいことがあるんだろ?」
「ないです」
「…へェ?」

ぐっと近づいてきたかと思えば、脇に手を入れて、わたしを胡座の上に座らせる。転がってった猫も回収して、わたしの膝に戻す。どうもありがとう。何がしたいの。わたしは赤ちゃんじゃねえぞ。

「サッチには言えて、おれには言えないことか?」
「そんなことがあることもあるでしょうよ」

あ、でもこれ楽。背中が温かくて柔らかい。そりゃ人体だから当然なんだけど。

「…そんなふきげんになります?」
「あァ?」
「…すごまないでくださいよ」

額に当てられた手が気持ちいい。何かこのまま寝られそう。

「最近はルーカとも仲良いんだろ?」
「はい?」
「その上隠し事までされちゃあな」
「べつにかくしごとをしてるわけでは…」

ない、んだけど。ルーカとも別に仲良くないし。ああ、でも、会話はするようになったか。それだけで仲良しとか言われても困るけど。何かあれだ。面倒くさい彼女みたいだ。あなたの全部が知りたいの、ってさ。メンヘラか。

「…いぞうさんにとって、すきってなんですか?」
「はあ?」
「さっちさんと、おんなじはんのうしないでください」

一生懸命悩んでるわたしが馬鹿みたいじゃないか。わかってるよ。こういうのって感覚だから、言葉にするようなもんじゃないんだよね。きっと。

「…鎖にでも繋いで、ずっと傍に置いておきたい、とか?」
「ぶっそうですねえ」
「イズルがふらふらしてっからだろ」

してない。それじゃ、わたしが遊び人みたいじゃないか。一緒にするな。

「お前、それ考えてて熱出したのか」
「らしいですね」
「へェ?」

おかしいの。言ってることがサッチさんと一緒。やっぱり、ずっと一緒だと思考も似てくるのかなあ。

「イズル」
「…なんですか?」
「悪い」
「はい?」
「しんどいだろ?」
「まあ…らくじゃないです。けど、いぞうさんのせいってわけでは、」
「そうじゃねェよ」

ええ、何、違うの?普段の半分も働いてない頭で思う。いや、もう、うつらうつらですよ。まだ食べきってないのに。

「ゆっくり考えたらいい。イズルが決めるから意味があんだよ」

背中に響く心音も、囁く声も子守唄みたいだ。優しいなあ。何か、ずっとここにいたいくらい。



***

「あ、サッチ。イズルの具合はどうだった?」
「あー、まァ良くはねェな」
「知恵熱って聞いたけど、知恵熱って何?」
「考え過ぎて熱が出んだよ。…あ、ルーカは好きって何だと思う?」
「好き?一緒に幸せになりたいってことじゃない?」
「…お前実はいいやつだよな」
「実は、は余計でしょ。何?サッチ、恋でもしたの?」
「おれじゃねェ」




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