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二つ扉を叩く音がして、何となく覚醒した。熱い。かといって布団を剥いだら寒い。

「イズー?起きてるか?」
「…おきてます」
「粥作ってきたけど、食えるか?」
「…たべたい」

ゆっくりと、かたつむりみたいに体を起こす。枕元にいた猫を抱えて、体を預ける。無理。怠い。しんどい。

「熱は?」
「…あさは、はちどちょっと」
「結構あんじゃねェか」
「けっこうあるんですよ」

いただきます、と手を合わせる。喉が痛くないのが幸い。まあ、風邪じゃないし。

「知恵熱なんて、ガキがなるもんだと思ってたけどな」
「わたしも、そうおもってましたけど。せいかくには、ストレスせいなんとかっていうらしいですよ」
「要するに、考え過ぎて熱出したんだろ?」
「…」

サッチさんの仰る通りでございますけど。言わないでよ。恥ずかしい。

熱が出たのは今朝。突然。いつものように姉さんに起こされて、やたら重たい体を起こした。その様子を見て、すぐ気づくんだから流石は医療従事者。喉の腫れ、頭痛その他何にも症状がなくて、受けた診断が知恵熱。情けなくって涙が出るね。

「何考えてたんだ?イゾウのことか?」
「…かんけいなくはないですけど」
「サッチさんが相談に乗るぜ?」
「…すぐちゃかすからなあ」

壁際の角っこまで寄って、背中を預けた。サッチさんはその辺から引っ張り出してきた椅子に座ってる。…まあ、何だかんだと面倒見はいいし、サンプルは多い方が良いのか。参考になる気がしないんだけど。

「じゃあ、さっちさんにとって、すきってなんですか?」
「はあ?」
「さっちさんにとって、すきってなんですか?」
「いや、別に聞こえなかったわけじゃねェよ。ルーカみたいなことすんな」

ええ…知らないよ。手に抱えた粥をぐるぐる回す。熱くて食べられないんだわ。出来立てをありがとう。

「あー、考えてみると難しいな。あれだろ?恋とか、そういう好きだろ?」
「そういうすきです」
「好き、ねェ…?あんまり縁がねェからなァ…」
「わたしとおそろいですね。おきのどくさまです」
「イズほど初心じゃねェわ。一緒にすんな」

…そうですか。どうもすみません。その場合、遊び人枠に入るけどそれはいいのか。

「お前、それ考えてて熱出してんの?」
「らしいですね」
「へェ?そりゃ喜ぶだろうな」
「はい?」
「熱出すほど真剣に考えてるってことだろ?」
「ふつうじゃないですか」
「普通じゃねェよ。付き合ったりすんのと、好きかどうかはあんまり関係ねェからなァ」
「なんですか、そのかなしいはなし」
「悲しいとか言うな。イゾウなんかあの顔だろ?あいつが女に困ってんのなんか見たことねェ」

それ、わたしに言っちゃう?予想つくから別にいいけど。向こうでもいたな。取り敢えず付き合う。何となく付き合う。彼氏探しのために出会い系に登録してる子もいた。別にご自由にしていただいて結構なんだけど、好きだから付き合うんじゃないの?と思ってた。

「イズ、名案がある」
「いやなよかんしかしない」
「まァ、そう言うなって。正直、一番手っ取り早いと思うぞ」
「イゾウさんにきけと?」
「ルーカにも聞いてみろよ」

程よく温くなった。けど、味があんまりわからない。悔しい。絶対美味しいのに。あ、無理。悲しくなってきた。

「待て待て待て、どこに泣く要素があった!?」
「…おかゆの、あじ、わかんな、くて?」
「そりゃ、熱あんだからしょうがねェだろ。また作ってやるからよ」

ベッドに移動してきたサッチさんが、わたしの頭を撫でる。緩んだ涙腺は、立て直せそうにない。もうやだ。幼稚園児かよ。



***

「なァ、イズどうした?」
「知恵熱だそうです」
「知恵熱?何だ、具合悪ィのか」
「エースには無縁だろうねい…」
「考え過ぎる前に寝ちゃいますからね」
「お前らだって考え事なんかしねェだろ!」
「まァ…そこまで思い詰めるタイプじゃないですけど」
「嘘つけ。ゾノは意外と考え込むだろい」
「肉食ったら治るんじゃねェか?」
「エース隊長だけです」




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