44 ※東北大震災に関する記述があります


2011年3月11日。東北を襲った大震災と、津波。更には原発の事故と、福島は三重苦に見舞われた土地だ。死亡した人の90%は津波による溺死。今尚行方不明者数は2,000を超えている。

…と言っても、わたしはそんなに知らない。当事者ではないし、これらも既に過去の情報だ。それを言い置いたうえで、言葉を並べた。海に堤防ができた。原発は廃炉になって、解体作業はまだまだ終わらない。流された地域には、流され損ねた建物がまだそのまま残ってる。積まれたフレコンパック、解除されない帰宅困難区域。解除されたところで、もう帰れない人が大勢いる。実際は言葉なんかじゃ足りないほど悲惨だろう。良かったじゃん、生きてて。なんて言葉は流石に出てこない。

「動いていいぞ」
「ありがとうございます」
「機嫌は直ったのか?」
「そこそこ」

残念ながら、わたしの不機嫌の根っこはこれじゃないからな。序でに別件で沈んだ。いくら当事者じゃなくたって、楽しい気持ちになるわけがない。

「イズルは何ともなかったのか?」
「はい?」
「今の話だと、イズルもその時ニホンにいたんだろ?」

言われた意味を、ちょっと考えた。すごい。よくそんなことに思い至ったな。わたしだって考えなかった。その周辺の地域の人がどうだったかなんて。全然思いつかなかった。
隣の席に戻って、何でもないように酒を飲むイゾウさんをつい眺めてしまう。この人できないこととかないのかな。

「そんなに見蕩れてどうした?」
「いえ、よくそんなことに気がついたなと思って」
「そんなことじゃねェよ」

そう笑って、短くなった髪を梳く。すごいな。わたしもこんな人でありたい。

「で?」
「はい?」
「何ともなかったのかって訊いたろ?」
「ああ、はい。一応。大丈夫でした」
「なら良かった」

イゾウさんが徳利を差し出す。わーい。貰おう。わたしは被害者でも当事者でも何でもない。何かしたわけでもない。どこに落ち込む権利がある。

「イズが酌受けるなんて珍しいなァ」
「…?まあ、いっつもする側ですから」
「そうじゃねェよ。手酌が一番美味いって言うだろ?」
「ああ、そうですね。言いますね」

まあ適当なんだけどね。味なんか変わんないし。酌ってする側とされる側で上下ができるじゃん。わたしは上になりたくない。

「あ、お皿下さい」
「何か頼むか?」
「いえ、そんなにいっぱい食べられないから。その辺から貰ってきます」
「嫁の料理は世界一だぞ」
「…お嫁さんは、一緒に流されたお嫁さん?」
「あァ」
「それは、…不幸中の幸いと言っても?」
「…そうだな」

皿と箸を出しながら眉を下げる。もしかしたら、向こうに子供や親がいたかもしれない。兄弟や親戚がどうなったか、この先知る術は無いに等しい。…だからってわたしに何かできるわけでもないけどな。

「何か余ってます?」
「あ?おー、随分切ったな」
「頭が軽いです」
「これ美味いぞ。そのうちゾノが作ってくれるってさ」
「わーい。楽しみにしてます」
「…あんまりプレッシャーかけないでくれ」

肉じゃがに金平、豚バラ大根。あ、イカ人参だっけ。此方で獲れるイカってどうなの。普通に美味しいけど。良い嫁さん捕まえてんな。

「おいおい、ここで食うのか?」
「駄目ですか?」
「駄目っつーか…まだ何か話してんじゃねェのか?」
「終わったと思いますけど」

揃って、どこか困ったような顔でわたしを見る。ゾノさんまで。嫌だよ。まだ話があるなんて。わたしは距離を置きたい



***

「ニホンてのは、そんなに危ねェとこなのか?」
「いや?基本的には平和で安全な国だ。武器ぶん回すようなやつもいねェしな」
「そんなとこで生まれて、何であんな負けん気の強い奴に育ったんだよい…」
「健気だろ?」
「…へェ?惚れた欲目ってやつか?」
「馬鹿言うな。だから惚れたんだよ」




※2020年1月時点での情報です




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