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おっかしいの。ちょっと絵馬掛所を覗いたら、お世辞にもきれいとは言えない字で。『オヤジにずっと元気でいてほしい』とか『マルコ隊長に休んでほしい』とか『サッチ隊長の飯がうまい』とか。昨日上陸したばっかなのに、いっぱいあった。皆の、兄さんたちの願い事。他の願い事が埋まるくらい。人のことばっかり。最後の何かお願いじゃないし。こっちの絵馬は、…いや、見なかったことにしよう。

「イズル、何隠した」
「何でもないです。余所様の絵馬でした」
「へェ?」

見せて堪るか。だって『イゾウ隊長とイズが早くくっつきますように』って。余計なお世話だ。放っとけ。

「満足です。行きましょう」
「いいのか?」
「本当はあんまり行儀のいいことじゃないですし」
「別にあいつらのなんか見たって問題ねェだろ」

何笑ってんの。別に、イゾウさんがあの絵馬を見る見ないはどっちでもいいけど、わたしの前では見ないでくれ。どうしていいかわかんなくなる。

絵馬掛所を後にして、ふ、と。目に留まったその石碑は、門の傍にすっくりと立っていた。入った時は気づかなかった。

「イズル?」

さて、何て答えようか。嬉しいのか、そうじゃないのか。それすらもよくわからない。四季は美しく、物に溢れ、不自由なく、どことなく退屈で暇を持て余す国。

「これ、わたしの国の歌です」

心臓の音が鼓膜に響く。喉が渇いている。別に嫌いだったわけじゃない。好きなところもいっぱいあった。けど、今。突然出てこられても、困る。

「君が代は、…どういう意味だ?」
「…君の命が、千年も八千年も、小さな石が大きな岩になって、苔むすまで長く続きますように、…みたいな感じですかね」
「いい詩じゃねェか」

イゾウさんの手が、わたしの頭を撫でる。大丈夫。わたしはちゃんと此方にいる。

「イゾウさん。わたし彼方に帰らなくてもいいですよね?」

わたしだけなわけがない。そりゃそうだ。そんなのは予測してた。けど、不意に過った不安。いきなり此方に来たなら、いきなり彼方に返される可能性。今更帰されても、たぶんわたしは生きていけない。

「イズルが帰りたいって言っても帰さねェよ」
「そうしていただけると助かります」

ぎゅ、と肩を抱いた手が力強くて、少し安心した。大丈夫。イゾウさんがそう言うなら大丈夫。



***

「ニホン?」
「あァ、おれの故郷だ。あれは日本の国旗だよ」
「へェ…どんな所なんだ?」
「あの地図の真ん中辺りに、南北に長い島があるだろ?他国に比べりゃ小さいが…だがいい所だった。桜は此方の方が見事だがな」
「…この地図は、何処の地図だよい」
「何処って、…あァ、此処のじゃねェよ。日本は此処とは違う場所にあるからな。行こうと思ったって行けやしねェ」
「違う場所?おい、何の話だ?」
「“偉大なる航路”も、悪魔の実もない場所、だねい?」
「何だ、兄ちゃん知ってんのか」
「いや、知ってんのはおれじゃねェ」




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