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この島に来るのは初めてらしい。何年何十年と航海して、まだ知らない島があるって。何その楽しい事実。この世はでっかい宝島。
我先にと上陸していった兄たちがいなくなって、閑散とした甲板。様子が知れないから、今日は留守番だって。別にいいけど。いつも以上に静かな気がする。これちゃんと船番残ってるの?

「暇か?」
「いいえ?」

別に一番に上陸したいわけでもないし。ここから花見もできる。言うことなし。寧ろ贅沢。

「イゾウさんは行かないんですか?」
「イズルがいんのに行くわけねェだろ」

…何それ。誤解するぞ。誤解じゃないんだっけ。

「ロハンさんたちも残ってるんですか?」
「いや?あいつらは上陸した」
「ふふ、良かった」

まさかわたしに気兼ねするとは思えないけど。わたしの所為で16番隊丸ごと船番みたいな事態になったら申し訳なくて埋まる。

「誤解するぞ?」
「はい?」
「あいつらが上陸して良かったって言ったろ?」
「はい」

何。突然何を言い出した。何笑ってんの。その通りに言ったけど、どこに誤解する要素があっ、たって…?

「だから、おれと二人が良かったのかってな」
「いや、あの、違っ、違います!」
「わかってる。そんなに否定すんな」
「いや、あの、わたしの所為で上陸しにくいとかあったら申し訳ないなって、思って」
「あいつらはそんなに繊細じゃねェけどな」
「…そうかもしれませんけど」

わたしは繊細なんです。そんな、何か妙にご機嫌ですね?頭を撫でる手つきが、いつもより少し乱暴。

「イズルは優しいな」
「…普通では?」
「普通ならそんなこと気にしねェよ」
「…まあ、身内には、優しくしたいと思ったりもしますけど」
「身内以外には優しくねェのか?」
「別に意地悪はしませんけど。そんなに親切にはしませんよ」

わたしの優しさだって、有り余ってるわけじゃない。好きな人には優しくしたいし、どうでもいい人はどうでもいい。危害を加えてくる奴は論外。

「その割には、赤髪にも優しかったな?」
「別に優しくした覚えはありませんけど…」
「随分楽しそうだったじゃねェか」
「わたしが?」
「あいつが。ちゃんと相手してやったんだろ?」
「ちゃんとって…只言われたことに返事してただけですよ」
「肩まで組んで?」

…何か。雲行きが怪しくなってきた。そんな、いくらわたしだって、そこまで非情にはなれないぞ。

「何か怒ってます?」
「怒ってねェ」
「でも、何か、空気が怖いです?」
「あァ、それは間違いじゃねェな」

何。どこに沸点あんのさ。何に苛々してんの。悪いけど、わたしは言われなきゃ何にもわかんないぞ。

「わかんねェか?」
「わかりません」
「…」

そんな顔されたって。少し体が引ける。言われなきゃわかんないんだって。言われてもわかんない時もあるけど。
イゾウさんは、頬杖をついてそっぽを向いた。え、何。何ですか。聞こえない。

「何て?」
「…妬いたっつったんだよ。わかれ」

いつもの飄々とした様子より、些かばかり言いづらそうに。少し眉を寄せて。美人さんはどんな顔しても美人さんね。

「イゾウさんが?」
「…」
「シャンクスさんに?」
「他に誰がいんだよ」
「え、何で?」
「…こっちは避けられてんのに、余所の奴と喋ってんの見て面白いわけねェだろ」

はあ。へえ、そうなんだ。じゃあ、睨まれてる気がしてたのは気のせいじゃないの?へえー。

「何笑ってんだよ」
「あ、いや、イゾウさんにもそういうのあるんだと思って」
「お前、おれを何だと思ってんだ」
「我らが16番隊の隊長様ですかねえ。いっつも余裕綽々じゃないですか」
「余裕がないとこなんか見せるわけねェだろ」
「そういうもんですか」

この人も人間だったんだな。いや、人間離れしてると思うけど。運動神経とか、色々。別にイゾウさんだけじゃないけど。

「他人事じゃねェぞ」
「あ、はい。ごめんなさい」

ロハンさんとか、リリーさんとか。マルコさんとかサッチさんとか。葛藤とか、そういうの。父さんにもあるのかなあ。



***

「あの二人、おれたちがいんの忘れてんじゃないの?」
「収まるところに収まって良かったじゃないですか」
「何言ってんの?収まってないよ」
「は?」
「イズルが待ったかけたんだって」
「イゾウ隊長に?」
「イゾウ隊長に。おれイズルのそういうとこ大好き」
「それは、イゾウ隊長も気の毒に…」




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