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心臓の音が鼓膜を揺らしていた。怖かったですよ勿論。ちょっと、否、大分本気で死ぬかもと思った。だから、拍子抜けした。

見張り台の縁を蹴る直前か直後か。後ろから引っ張られて見張り台の中に転がった。余っ程怖かったぞ。痛くはなかったけど。

「馬鹿かお前。もうちょっと躊躇え」
「えっ、それイゾウさんが言います?」
「おれが止めなかったらどうするつもりだ」
「え、いや…運が良ければ生きてます」
「…馬鹿だろお前」

おい、聞こえてるからな。ちょ、離して。離していただけませんかね。力強いな、もう。こんな他人様の膝の上で、抱き潰されて。恥ずかしいんだけど。何見て見ぬふりしてんのさ。助けて兄さん。

「ヘルプ」
「黙ってろ」
「えっ、何で…ちょっ、助けてってば!」
「黙って大人しくしてろ」
「嫌ですよ、恥ずかしい…ちょっとロハンさん!聞こえてんのわかってるんだから、ねえ、どこ行くんですか!イゾウさん痛い!」
「自業自得だ」
「別にわたしの所為じゃ、」

待っ、今骨が軋んだ音したんだけど?何。何怒ってるの。自分が持ちかけたんでしょ。

「…間に合わねェかと思った」
「はあ…?まあ、止められるなんて思ってなかったですからっ、痛い」
「もっと躊躇うと思ってたんだよ」
「躊躇ったら躊躇った分怖いじゃないですか」
「そのまま諦めりゃ良かったんだ」
「えっ、何ですかそれ。まさかこれで約束反故にする気じゃないですよね?」
「んなもん忘れた」
「…イゾウさんはそういうことしないと思ってたんですけど」
「海賊相手に何言ってんだよ」

笑うような声が聞こえて、漸く腕が緩んだ。蛇に絞め殺される蛙ってこんな気分かな。まだ絞まってる。

「…似合ってる」
「はい?」
「昨日のも良かったけどな」
「ちょっと、誤魔化されませんよ」
「誤魔化してねェよ。約束は守る」

イゾウさんの手が髪を梳く。何さ、変な顔して。文句の一つも言いづらいじゃないか。



***

「おいおい、イゾウやらかしたんだって?」
「やらかしてねェ。思ってたより無鉄砲だっただけだ」
「見張り台から飛び下りようとしたんだろ?無鉄砲っつーか、無謀だな」
「下手すりゃ死ぬってわかってねェのか、あの馬鹿」
「ん?そりゃァ、お前が焚きつけたからじゃねェの?お前ら、そういう負けん気ばっかり強いとこ、そっくりだぞ」
「うるせェ」




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